発言と行動のズレに迫るUXリサーチ :コンテクスチュアル・インクワイアリとは?  

白いジグソーパズルに、最後の赤いピースがはまろうとしている画像。これは、ユーザー理解に欠けていた決定的な発見の瞬間を象徴します。UXリサーチ手法であるコンテクスチュアルインクワイアリは、まさにこの「最後のピース」を見つけ出し、発言と行動のズレに隠された本質的課題を解き明かします。

なぜ「発言」と「行動」は食い違うのか? 

AIを搭載し、ホテル、航空券、レンタカーまで全てを最適に提案してくれる最新の旅行予約サイト。開発チームは、これさえあればユーザーは他を見ずに予約を完了できると信じていました。   

しかし、データを見ると、多くのユーザーが長時間サイトに滞在し、何度も検索を繰り返すものの、最終的な決済に至らずに離脱しています。インタビューで「使いにくいですか?」と尋ねても、「いえ、情報が豊富で助かります」と答えるばかりで、なぜ予約しないのか核心が見えません。この「発言(=助かります)」と「実際の行動(=予約しない)」のギャップを埋め、ユーザーのリアルな日常に隠された本音を理解するために非常に強力なのが、コンテクスチュアル・インクワイアリ(Contextual Inquiry)というリサーチ手法です。    

この記事では、深いインサイトを発見するためのコンテクスチュアル・インクワイアリについて、その基本から実践のポイントまでを解説します。  

コンテクスチュアル・インクワイアリとは? 

コンテクスチュアル・インクワイアリは、日本語で「文脈的質問法」とも訳され、ユーザーが実際に作業や活動を行っている環境(コンテクスト)に身を置き、行動を観察しながら質問を行う定性調査手法です。最大の特徴は「師匠と弟子モデル(Master-Apprentice Model)」という考え方に基づいている点にあります。 

  • 師匠(Master) = ユーザー(その生活や仕事のプロ) 
  • 弟子(Apprentice) = リサーチャー(その活動について学ぶ立場) 

リサーチャーは「専門家」としてユーザーを評価するのではなく、「弟子」としてユーザーのやり方、工夫、悩み、そしてその背景にある暗黙知を謙虚に学びます。この関係性があるからこそ、ユーザーはリラックスして普段通りの姿を見せてくれるのです。 

インタビューやユーザビリティテストと何が違うのか?

会議室で行うインタビューが「過去の記憶に基づいた発言」を集めるのに対し、コンテクスチュアル・インクワイアリは、「今、目の前で起きている行動とその背景にある思考」をリアルタイムで捉える点が大きく異なります。とはいえ、セキュリティやプライバシーの都合で、必ずしもユーザーの自宅や職場といった物理的な「現場」に訪問できるとは限りません。では、インタビュールームではこの手法は意味がないのでしょうか?    

いいえ、そんなことはありません。重要なのは、たとえ場所がインタビュールームであっても、ユーザーのリアルな「タスクの文脈」を可能な限り再現することです。 例えば、冒頭で紹介した旅行の計画であれば、リサーチャーが用意したデモ画面ではなく、ユーザー自身のスマートフォンやノートPCを持参してもらい、「いつものように、来月の旅行の計画を立ててみてください」と依頼します。すると、単なるサイトの機能の問題だけではない、リアルな利用実態が浮かび上がってきます。 

  • 同時に複数サイトや口コミ、Googleマップを開く
  • ホテル名をコピーして一般の投稿写真を検索する
  • 手元のExcelや電卓アプリで費用を試算する
  • スクリーンショットをLINEで家族に送って相談する

こうした「面倒くさい」と感じる感情のトリガーや、サイトの外にある無数のハードルを、私たちは目の前で捉えることができます。もちろん、物理的な環境から得られるインサイトは失われますが、このように「ユーザー自身の環境(デバイス・データ)」を持ち込んでもらうことは、通常のインタビューを遥かに超える深い発見をもたらす、非常に有効なアプローチなのです。 

どうすれば深い気づきが得られるのか? ― 4つのポイント 

価値あるインサイト(電球)へ至る道筋を築くUXリサーチ。ユーザーの発言と行動のズレに隠された本音を発見する手法「コンテクスチュアルインクワイアリ」の4つの原則を、画像が示す4つのステップのように解説。この記事でユーザー行動の「なぜ?」を解明できます。

この手法の効果を最大化するために、リサーチャーは以下の4つの原則を常に意識します。 

  1. 文脈:何よりも「現場」を重視します。ユーザーの自宅リビング、キッチン、通勤中の電車内など、実際の生活空間に身を置くことで、発言だけでは決して語られない重要な文脈情報を捉えます。 
  2. パートナーシップ:前述の「師匠と弟子モデル」を築き、調査を共同作業として進めます。リサーチャーは時折、観察を中断して質問を投げかけ、ユーザーと共に「なぜ今、その行動を取ったのか」を探求します。 
  3. 解釈:観察した事実からリサーチャーが感じたことや考えた仮説(=解釈)を、その場でユーザーにぶつけ、確認・修正してもらいます。「今、他のサイトを開かれましたが、どういった情報を探されているか教えていただけますか?」といったオープンな質問を通じて、解釈の精度を高めていきます。 
  4. 焦点:調査全体を導く明確な「焦点」を定めます。「なぜユーザーはこのサイトで予約を完了しないのか?」といったリサーチ課題を常に意識することで、観察のブレを防ぎ、深いインサイトに繋げます。 

実際の調査はどう進めるの? 

事前準備 
  • 焦点設定: 「何を明らかにしたいのか」というリサーチの目的と焦点を明確にします。 
  • リクルーティング:焦点に合致するユーザーを選定します。 
  • 説明: 調査目的と「弟子として学ぶ」スタンスを伝え、安心感を与えます。 
当日の進行 
  • 導入: 改めて調査の目的を説明し、信頼関係を構築します。 
  • 観察と質問: ユーザーに普段通りの作業をしてもらいます。リサーチャーは「弟子」として、作業を妨げないように観察しつつ、気になる点があれば質問を挟み、思考のプロセスを深掘りします。 
  • まとめ: 観察で得られた気づきや解釈をユーザーにフィードバックし、認識がずれていないかを確認します。 
実施後の分析 
  • デブリーフィング: 調査直後、観察者チームで集まり、見たこと・聞いたこと・感じたことを共有し、新鮮な記憶を言語化します。 
  • インサイトの抽出: 複数のユーザーから得られた観察データを構造化し、共通のパターンや行動の背後にある根本的なニーズや課題を抽出します。 

この手法がビジネスにもたらす価値は何か?  

多くのプロダクトは、ユーザーの「声」を聞いて設計されています。しかし、その声が語るのは必ずしも真実とは限りません。アンケートで「使いやすい」と答えていても、実際には途中で離脱していたり、他のツールで補っていたり、そこには言葉にならない「行動とのズレ」が存在しています。コンテクスチュアル・インクワイアリは、このズレに光を当て、「なぜその行動を取ったのか?」という問いに向き合うための強力な手法です。ユーザーが語る「理想」や「べき論」ではなく、日常に根ざした「リアル」や「本音」を捉えること。そこにこそ、まだ気づかれていないニーズや、本質的な課題が潜んでいます。そうした「見えにくい背景」を掘り下げ、行動の「なぜ?」を解き明かすことこそが、価値あるプロダクトやサービスを生み出すための第一歩です。 

アンケートの数字や会議室での言葉だけでは、ユーザーの本当の姿を捉えることはできません。私たちUismは、現場に寄り添い、日常の文脈に潜む「なぜ?」を解き明かす調査を大切にしています。さらに、Uismは世界7拠点に広がるグローバルUXリサーチ会社ReSight Globalの一員として、国内外で一貫した品質と視点を持つ調査を提供してきました。日本での発見を海外市場へ、海外での学びを日本市場へ、国境を超えてユーザー理解を広げられるのが私たちの強みです。 国内外を問わず「ユーザーのリアルをもっと知りたい」と思ったときは、ぜひお声がけください。 


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日記調査は、コンテクスチュアル・インクワイアリと同じく“実際の生活の流れ”を捉えることで、発言だけでは見えない行動の背景を明らかにします。