商品開発の現場でよく聞くのが、「うちのメインターゲットは、40代の女性です」「Z世代に刺さるデザインにしたい」といった属性ベースのユーザー理解です。こうした属性ベースの見方は、マーケットリサーチでは定番です。
確かに、購買データやアンケート結果をもとに、性別・年代・ライフスタイルなどの属性を軸にユーザーを分類すれば、一定の傾向や市場規模はつかめます。しかし、実際の現場で商品が選ばれる瞬間には、その人がどういう状況で、どんな気持ちで、なぜその商品を手に取ったのか?という背景があります。
本記事では、マーケットリサーチとUXリサーチの違いを、ビジネスの世界でも注目されているジョブ理論(Jobs to Be Done)という考え方を通して紐解いていきます。「なぜその商品が選ばれるのか?」を掘り下げる視点をもとに、UXリサーチの考え方と、実際の現場での活用例をご紹介していきます。
マーケットリサーチとUXリサーチの違い
「マーケットリサーチとUXリサーチって、どう違うんですか?」
これは私たちがよく受ける質問のひとつです。確かに、どちらもユーザー理解を目的とし、インタビューやアンケートといった調査手法を使います。だからこそ、「結局どちらもユーザーの声を聞いてるんでしょ?」と思われがちです。ですが、両者は何を見ているかと、何のためにやるかが大きく異なります。
マーケットリサーチは、ユーザーを属性や意識でグルーピングし、全体の傾向や規模感を捉えることが目的です。たとえば「40代女性」「都心勤務」「美容に関心がある」といったセグメントに対し、どのくらいの市場があるか、どんな認知や興味があるかを把握します。
一方、UXリサーチは、ある人がどんな文脈で、どんな行動をとり、どんな感情で使ったのかという、体験の深掘りが主眼です。目の前にいるひとりのユーザーの体験を丁寧にたどり、その選択の背景にある進歩欲求や葛藤、代替手段との比較まで見ていきます。
違いをまとめると、次のようになります:
項目 | マーケットリサーチ | UXリサーチ |
観点 | 属性・態度・意識 | 行動・状況・体験 |
対象 | 誰が使うか | いつ・なぜ・どう使うか |
ゴール | 市場規模やセグメント把握 | 実際の使われ方・ニーズ発見 |
ジョブ理論とは?
ジョブ理論とは、ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した、 顧客が商品やサービスを選ぶ背後にある本当の目的=ジョブを明らかにするための理論です。
もともとイノベーションやビジネス戦略の分野で生まれた理論ですが、 ユーザーの文脈や進歩欲求に注目するという考え方は、UXリサーチのアプローチと非常に親和性があります。
この理論の出発点は、とてもシンプルです。
「人は単に商品やサービスを購入しているのではなく、自分の人生を前進させるために、それらを“雇って”いるのだ」
クレイトン・クリステンセン(『Competing Against Luck』より)
ここでいうジョブとは、「特定の状況において、ユーザーが達成したい進歩」のことを意味します。たとえば、よくある例として、40代女性が夜に使うフェイスクリームを考えてみましょう。ただ「保湿したい」だけではありません。
「一日頑張った自分を労わる時間を持ちたい」
「家族の手前、きちんと手入れしている自分でありたい」
「自分の香りを感じて自分だけの時間に切り替えたい」

こうした感情的・社会的な進歩を満たす存在として、フェイスクリームは雇われているのです。
このように、ジョブ理論では「なぜ買ったか?」ではなく、「その瞬間に、何を成し遂げたかったのか?」を探ります。
UXリサーチ現場でのジョブ理論の実践
私たちのUXリサーチは、ユーザーの行動や文脈を丁寧にたどる設計を重視しており、それが結果的に、ジョブ理論でいう「進歩のニーズ」や「雇用の瞬間」と重なっていくケースが多々あります。
■ なぜそれを買ったか?ではなく、その瞬間、何を達成したかったか?を探る
ジョブは、いきなり聞き出せるものではありません。「なぜそれを買ったのですか?」と質問しても、返ってくるのは多くの場合、表面的な回答です。
たとえば「店頭で目に入ったから」「CMで見て気になっていた」といった言葉の奥には、もっと本質的な進歩欲求が隠れていることがほとんどです。
そこで私たちは、調査設計の初期段階で「どんな状況・行動・感情の流れがその選択に至ったか」を丁寧に追う、時系列インタビュー構造を設計します。
■ 一人ひとりのジョブストーリーを描く
インタビューでは、ユーザーのある1回の具体的な使用体験を振り返ってもらい、
- その前に何をしていたか?
- そのとき何を感じていたか?
- 他にどんな選択肢があったか?
- 結果としてどんな状態になれたのか?
という流れをじっくり聞き出していきます。
こうして話を丁寧にたどっていくと、ユーザーが語る表面的な理由の奥に、まったく異なる意味が潜んでいることがあります。たとえば、「夜寝る前に使うと、肌がしっとりするから」というのは一見すると機能的な理由のように見えますが、実際には、「一日の終わりにようやく訪れる“自分だけの時間”に、心を整える静かな習慣が欲しかった」という深い欲求が背景にあったということも珍しくありません。
こうした「進歩のニーズ」は、単なる満足度調査や製品レビューでは見えてこないものであり、文脈と感情を踏まえて初めて明らかになるものです。
■ ジョブ視点の分析が示す、開発・マーケティングへのヒント
私たちは、すべてのユーザーに共通する回答を無理に抽出するのではなく、 似た進歩を求めていたユーザーたちのグループを編み出していきます。
たとえば:
- 感情的ジョブ群:自分をいたわる/切り替える/自信を取り戻す
- 機能的ジョブ群:短時間でもしっかり保湿したい/すぐに寝られるような香りであること
これにより、商品開発チームには「どんな場面に合わせた商品設計がありうるか」、 マーケティングチームには「どんな語り口でこの商品を伝えると心に届くか」という 具体的な方向性を示すことが可能になります。
■ 使われ方を可視化する=顧客理解の深化
ジョブ理論の実践は、私たちにとってユーザーの言語化されにくい動機を見つけ出すためのツールであり、 それをリサーチの設計・実行・分析に組み込むことで、単なる「好き/嫌い」や「満足/不満」では捉えきれない、使われ方の意味を明らかにすることができます。
そしてこの意味こそが、プロダクトを強く、選ばれるものにする鍵だと私たちは考えています。
マーケットリサーチとUXリサーチをどう使い分けるか
ジョブ理論を通じて、UXリサーチが「なぜその商品が選ばれたのか」という“瞬間の意味”を明らかにできることを見てきました。一方で、マーケットリサーチには「市場の広がりを知る」「どの属性にニーズがあるかを把握する」といった強みがあります。
どちらか一方が正解、というわけではありません。むしろ、両者を適切に組み合わせることで、商品やサービスの開発はぐっと精度の高いものになります。
- マーケットリサーチは、どこにニーズがあるかを知るための地図
- UXリサーチは、なぜそのニーズが生まれるのかを掘り下げる顕微鏡
この2つの視点を組み合わせてはじめて、本当にユーザーに選ばれるプロダクトが見えてくるのです。
ジョブの発見から、商品開発のヒントを一緒に探しませんか?
私たちUismでは、ジョブ理論にも通じる視点を大切にしながら、ユーザーが商品を選ぶ背景を丁寧に読み解き、商品企画・開発・マーケティングに活かせる具体的な示唆を提供しています。
「ユーザーに選ばれる理由をもっと深く知りたい。」
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