アクセシビリティとUXリサーチの交差点:制度とリサーチで備えるグローバル対応 

ノートパソコンとスマートフォンを操作するシニア男性の後ろ姿。複数のデバイスを使いながら業務に取り組む様子は、アクセシビリティとデジタルインクルージョンの重要性を象徴している。

イントロ:アクセシビリティが注目される理由 

近年、Webやアプリなどのデジタルサービスを誰もが使いやすくする「アクセシビリティ」への注目が急速に高まっています。その背景には、テクノロジーの進化だけでなく、多様性と公平性を重視する社会的な価値観の変化があります。 

アクセシビリティは、高齢者や障がいのある人だけのものではありません。一時的なケガ、育児中、通勤時など、誰もが「制約を持つユーザー」になる可能性がある今、すべての人にとっての“使いやすさ”を追求することは、もはや当然の設計原則といえます。 

こうした中、特にビジネス上でのインパクトが大きくなっているのがアメリカです。ADA(Americans with Disabilities Act )に基づくWebアクセシビリティ関連の訴訟が急増し、設計の不具合が法的リスクに直結する状況が生まれています。 

一方、日本ではJIS X 8341-3という規格は存在するものの、企業に対する対応は「努力義務」にとどまり、グローバル基準から大きく遅れをとっているのが現状であり、このギャップは、UX視点を持たずに形式的な対応だけで済ませてしまう危険性もはらんでいます。 

世界の法規制とそのギャップがもたらす課題 

日本におけるアクセシビリティは、ガイドラインが存在するものの、民間企業に対しては強制力を伴わない「努力義務」にとどまっています。 

しかし、アメリカや欧州諸国では、WCAG(Web Content Accessibility Guidelines )への準拠が「法的義務」として定められており、対応していないことで法的リスクに直面することもあります。 

こうした法的ギャップは、海外展開している、もしくは今後予定している日本企業にとって、訴訟リスクやブランド毀損の原因となりかねません。また、制度対応の有無だけでなく、アクセシビリティが「ユーザーにとって実際に機能しているか」を問う視点の有無も、企業の評価に影響を与えるようになっています。制度対応の有無だけでなく、が見られる時代です。 

各国の制度比較(要約) 

地域 主な法制度・規格 対象範囲 法的拘束力 特徴 
米国 ADA, Section 508 公共機関・民間全般 義務 訴訟件数が多く、対応は必須 
英国 Equality Act 公共機関中心 義務 アクセシビリティ声明が義務化 
欧州 EU Web Accessibility Directive 公共+一部民間 義務(加盟国で施行) 多言語対応・公共デジタルサービスの義務化 
韓国 KWCAG 公共+民間 義務 Web Accessibility Quality Mark 認証制度あり 
日本 JIS X 8341-3 主に公共、民間は努力義務 努力義務 実施状況にばらつきがある 

訴訟事例:見逃せない法的リスク 

アメリカの訴訟事例 

前述の通り、特にアメリカでは2017年以降、訴訟が急増しています。たとえば、Amazonやドミノピザなど大手企業に対して、視覚障がい者が「Webサイトがスクリーンリーダーに対応していない」ことを理由に訴訟を起こした事例があります。 

ヨーロッパの動き 

EU加盟国では、Webアクセシビリティ指令により公共機関のデジタルサービス対応が義務化されており、違反時には行政処分や制裁措置がとられることもあります。 

日本企業が巻き込まれたケース 

実際に、アメリカでサービスを展開する日本企業が、現地の法制度に対応していなかったために訴訟リスクにさらされたケースも報告されています。訴訟の回避だけでなく、信頼の維持のためにも事前の対応が不可欠です。 
実際、2017年には大手アパレルブランドのECサイトに対して訴状が提出されています。その時に挙げられた問題点は、画像などのに代替テキスト(alt)が提供されていなかった、リンクに遷移先を示すラベル情報がなかったため、視覚障がい者がサイトにアクセスし、商品を購入できなかったということでした。 

日本企業が知っておくべきこと・取るべき施策 

アクセシビリティ対応は、当然ながらもはや海外だけの話ではありません。日本企業がグローバル市場で信頼を得るためには、上述の制度の理解と共に、具体的な施策への着手が必要になります。ここでは、そのために押さえておきたいポイントを整理します。 

  • グローバル基準への準拠が前提:WCAG 2.1レベルAAは事実上の世界標準。海外展開の有無にかかわらず、準拠を前提とした開発が望ましい。 
  • 公共から民間への拡大:多くの国で、当初公共セクター向けだった規制が民間企業にも拡大中。日本においても拡大の可能性がある。 
  • アクセシビリティ=ブランディング:対応の有無は「配慮する企業」かどうかの判断基準。DE&I((ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン))の観点でも評価されやすい。 

アクセシビリティとUXリサーチの交差点 

制度やガイドラインに準拠することは、アクセシビリティ対応の出発点です。本当に重要なのは、ユーザーの体験としてどう機能しているかを検証し、継続的に改善していくことです。とくに多様なユーザーを前提とした設計においては、表面的なチェックリストでは捉えきれない困難が存在します。 

ここで重要になるのが、実際のユーザーの視点から製品やサービスの質を見直すUXリサーチです。アクセシビリティは単なる法令順守ではなく、UCD(ユーザー中心設計) / HCD(人間中心設計)を実現する上での必須領域であり、UXリサーチの中核に位置づけられるべきものです。 

  • ユーザーインタビュー:視覚・聴覚・運動に制限のある方に対する定性的な調査により、「どこで困るのか」「どう感じるのか」を可視化 
  • ユーザビリティテスト:スクリーンリーダーやキーボード操作など、支援技術と実際の使用状況の相性を検証 
  • ペルソナとジャーニーマップ:障がいを持つ当事者を含んだペルソナ設計により、インクルーシブな設計方針を明確化 

こうしたリサーチは、社内のリソースだけで対応しきれない場合も多く、外部パートナーとの連携が鍵になります。 

また、アクセシビリティを「対応するもの」として捉えるのではなく、「デザインの質の問題」として捉える視点が求められます。

たとえば、  

  • 表面的にアクセシブルでも、実際には心理的な抵抗感(恥ずかしさや戸惑い)によって使われないケース  
  • 「自分が対象ではない」と感じることで利用意欲が下がるデザイン 
  • 過剰な特別対応が逆に浮いてしまい、結果的に排除につながってしまうケース  

など、形式的な基準を満たしていても、ユーザーの感情や行動に目を向けなければ見落とされる課題があります。 

まとめ:アクセシビリティは、問いかけであり、可能性である 

アクセシビリティ対応は、単なる法令遵守やリスク回避のためではありません。それは、企業や社会が「誰の声に耳を傾け、誰の未来を考えるか」という問いを自らに投げかけることでもあります。 

企業としてその問いに誠実に向き合い、応えていくことこそが、持続可能でインクルーシブな社会と企業の未来を形づくる鍵になるのではないでしょうか。 

そして何より、このような問いに対し「行動」で応えるためには、実際のユーザーの視点に立った検証と改善が不可欠です。Uismでは、制度対応の設計支援から、当事者インタビュー、ユーザビリティテストまで、一貫したUXリサーチ支援を提供しています。アクセシビリティ対応を進めたいけれど「どこから始めればいいかわからない」「社内に知見がない」といった課題があれば、お気軽にご相談ください。 

この記事を書いた人

相沢 直人 - Naoto Aizawa

相沢 直人 Naoto Aizawa

大学のゼミで「UX」と出会う。以後、修士課程にてUX・ユーザビリティ・UIデザインの研究を行う。修了後UXデザイン会社にて、キャリアをスタート。主に自動車HMI調査に従事し、2011年にHCD-Net認定人間中心設計専門家取得。Uターンをきっかけに地元北海道の広告代理店にてマーケットリサーチに従事するも、どうしてもUXリサーチに関わりたくUismに入社。現在は対面調査以外の時は札幌からリモートで勤務。

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(参考:外部リンク) 
https://www.ada.gov/
https://www.w3.org/TR/WCAG21/
https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2010/15/contents
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/web-accessibility
https://dmi.jaa.or.jp/general-browse/view/2334
https://waic.jp/docs/jis2016/understanding/201604/
https://mbit.co.jp/mag/column/36306
https://topclassactions.com/lawsuit-settlements/lawsuit-news/amazon-class-action-lawsuit-says-website-not-accessible-blind/#
https://webtan.impress.co.jp/e/2024/05/22/46969