ペルソナを”生きたツール”にする方法:実践的ペルソナ作成ガイド 

手がユーザーアイコンの描かれた木のブロックを選んでいる様子。ペルソナ作成における特定ユーザーの選定を表している。

新サービスのペルソナとして華々しく発表された、佐藤さん(35歳・都内IT企業勤務)。しかし数カ月後、開発会議で「この機能、佐藤さんは使いますかね?」と問われても、チームの誰も自信を持って答えられません。美しい資料だけが残り、いつしかペルソナは忘れ去られていきました。 

多くの現場で繰り返される、このよくある悲劇はなぜ起きてしまうのでしょうか。 この記事では、単なる架空の人物像で終わらない、ビジネスを動かす力を持つ「使えるペルソナ」をどう作り、どう活用していくのか、その本質と実践的なプロセスを解説します。

ペルソナとは何か? 

そもそも「ペルソナ」という言葉の語源をご存知でしょうか。元々は、古代ギリシャ演劇で役者が被っていた仮面を指すラテン語でした。観客は、その仮面を見ることで、役者本人ではなく、その役が持つ特定の人格(キャラクター)を理解しました。UXリサーチにおけるペルソナも、全く同じ役割を果たします。それは、チームが理解すべき特定のユーザー類型を象徴する、思考の仮面なのです。 

この語源こそが、多くの人が誤解している「ターゲット」と「ペルソナ」の本質的な違いを教えてくれます。 

  • ターゲット: 「30代・男性・都内在住」といった、属性の集合体。輪郭がぼやけた集団です。  
  • ペルソナ: 「佐藤さん」という、具体的な名前、顔、そして目標を持つ一人の人格です。 

ペルソナをソフトウェア開発の世界で広く普及させたアラン・クーパーは、「ゴール指向設計(Goal-Directed Design)」を提唱しました。これは、優れたプロダクトは、ユーザーが達成したい目標を中心に設計されるべきだ、という思想です。つまり、ペルソナの本質は「どんな人か」だけでなく、「その人は、何を達成しようとしているのか」という目標を明確に定義することにあるのです。 

なぜ、私たちは「ペルソナ」を必要とするのか? 

では、なぜ私たちは、わざわざ架空の人物を作り出す必要があるのでしょうか。それは、私たち作り手自身が持つ、強力な認知バイアスから逃れるためです。 

心理学には偽の合意効果という言葉があります。これは、「自分と同じように、ユーザーも考えてくれるはずだ」と無意識に思い込んでしまう心の働きです。また、プロダクトについて知り尽くしている開発者は、初めて使うユーザーがどこでつまずくかを想像できなくなる専門家の呪いにもかかっています。 

優れたペルソナは、こうした作り手側の「はずだ」という思い込みを打ち破り、チームの視点を強制的にユーザーの視点へと引き戻すための、強力な心理的ツールなのです。  

「使えるペルソナ」作成の4ステップ 

では、具体的にどうすれば、血の通ったペルソナを創出できるのでしょうか。私たちは、以下の4つのステップを重視しています。 

調査とデータ収集 

「想像」ではなく「観察」から始める: ペルソナは、決して会議室の想像だけで作られるべきではありません。定性調査(ユーザーインタビューや行動観察など)を通じて得られる、ユーザーの生々しい発言や行動、矛盾といった一次情報こそが、ペルソナの骨格となります。 

分析とパターン発見  

「属性」ではなく「目標」で分類する: 集めたデータを分析し、ユーザーをグループ分けします。この時、年齢や性別といった属性で分けるのではなく、「何を達成しようとしているか(目標)」や「なぜ、その行動をとるのか(動機)」といった共通のパターンで分類することが、本質的なペルソナを発見する鍵です。 

ペルソナに命を吹き込む 

必須要素を定義する:発見したパターンを基に、具体的な人格を創り上げます。以下の要素を含めることで、ペルソナはよりリアルになります。 

  • 写真と名前: 具体的なイメージを共有するための最も重要な要素。 
  • 基本情報: 職種、家族構成、ITリテラシーなど、製品との関わりに影響する情報。 
  • 目標: その人が、この製品やサービスを通じて達成したいこと。※最重要項目 
  • 課題: 目標達成を阻んでいる、現在の悩みや不満。 
  • 行動パターンと名言: その人らしさを象徴する行動や、インタビューで語られた印象的な発言。  

Step 3で定義した箇条書きの要素は、いわばペルソナの「骨格」です。そのままでは、チームにとって単なるデータのかたまりでしかありません。そこで重要になるのが、「物語」としての肉付けです。ペルソナがどんな一日を送り、どんなときに喜び(=目標)、どんなことで悩んでいるのか(=課題)を、チームの誰もが感情移入できるシナリオとして描き出します。このプロセスを通じて、ペルソナは記号的な情報から、チームの記憶に残る「共通の人物像」へと昇華されます。 

ペルソナを「チームの共通言語」として使い続けるヒント 

多色の付箋に手書きでメモをしている様子。ブレインストーミングやアイデア整理の場面。

「作って終わり」にしないためには、ペルソナを日々の業務に組み込む意識的な努力が不可欠です。 

  • 会議での使い方: デザインレビューや新機能の優先順位付けで、「このUI、佐藤さんは迷わず使えますか?」「この機能は、佐藤さんの目標達成に本当に役立ちますか?」と、常にペルソナを意思決定のものさしとして活用します。 
  • 物理的な使い方: ペルソナのポスターを常に目につく場所に貼り、チームメンバーがいつでも「佐藤さん」に立ち返れるようにします。 
  • ペルソナのアップデート: 市場やユーザーの行動は変化します。1年に一度は見直しを行い、必要であればペルソナをアップデートしていくことも重要です。  

おわりに:ペルソナは、ユーザーの「世界」への扉 

優れたペルソナは、開発の羅針盤となる共通言語です。しかし、その本質は、もっと深いところにあります。哲学の世界に、現象学の創始者であるフッサールが提唱した「生活世界」という概念があります。それは、客観的なデータの世界とは別に、私たち一人ひとりが主観的に「生きている」当たり前の日常世界のことです。ユーザーがプロダクトを使うのは、まさにこの「生活世界」の中です。 

ペルソナを作成する営みは、このユーザーの「生活世界」の扉を、敬意をもって少しだけ開かせてもらう試みに他なりません。それは、データを行間に埋めるだけでなく、その向こう側にいる一人の人間の喜び、苛立ち、希望を想像し、共感しようとする、知的で謙虚な挑戦なのです。 

私たちUismは、世界7拠点に展開するグローバルUXリサーチネットワーク ReSight Global の一員として、日本国内はもちろん、欧米・アジアなど多様な地域の文化や価値観に根ざしたペルソナ作成を数多く支援してきました。Uismでは、リサーチに基づく確かなデータと、人間への深い洞察を通じて、 単なる資料で終わらない「生きたペルソナ」の作成をご支援しています。 

チームの共通言語を築き、国内外のユーザーの「世界」を深く理解したいと感じている方は、ぜひ一度ご相談ください。共感から始まるUXリサーチを、私たちUismと一緒に実現しませんか? 


関連記事 

「使えるペルソナ」を生かすためには、実際のユーザー体験を丁寧に検証するプロセスが欠かせません。テストを通じて学びをデザインへ還元する方法を紹介します。