4歳の息子が教えてくれた「使いやすさ」のヒント
ある日、テレビを観ていた4歳の息子がリモコンを手にふとこちらを見て言いました。
「ねえ、どうやって音大きくするの?」
私は反射的に「リモコンの音量ボタン押して」と言いましたが、息子は不思議そうな顔をしてリモコンを見つめていました。
「おんりょうってなに?どれ?」と。
そのとき気づきました。私たち大人にとって“当然の言葉・記号”と思っていたものが、子どもにはまったく意味を持たない。しかもそのボタンは、他のボタン(チャンネル変更)と同じ色・同じサイズで並んでいて、操作してみないとわからない状態でした。

私はUXに関する仕事をしていますが、このやり取りを通じて、自分がどれだけ“わかっている人”の目線で設計を語っていたかを思い知らされました。
UXは「使いやすくすること」ですが、その“使いやすさ”は本当に初心者の目から見えているのでしょうか?
本記事では、子どもという“最も率直なユーザー”の行動から見えてくる、UX設計の原点について考えていきます。
子どもは設計に対して“率直”に行動する
子どもは、設計意図を推測したり、大人のように文脈を補完したりしません。
ただ「できそうだからやってみる」、もしくは「押したらどうなるんだろう?」という純粋な好奇心で行動します。
中でも顕著なのは、大人にとって“常識”になっているアイコンや記号が、子どもには通じないという点です。「+」や「−」が音量操作の意味を持つこと、「▶」が再生、「×」が閉じることなど、すべては社会的な文脈の学習によって成立しています。まだその学習をしていない子どもにとっては、単なる図形にすぎません。
以前、息子がタブレットの画面で、左右に並んだ「←」「→」の矢印を見て、「なんで矢印があるの?」と聞いたことがありました。「前のページに戻る」「次に進む」という動作は、我々には自然でも、彼にとっては「向きの違うマークが並んでいる」に過ぎなかったのです。しかも、押してもすぐに変化がなかった場合、「これ、こわれちゃった?」と口にしました。反応がなければ、意味のある記号とは認識されないのです。
彼らは、“理解してから操作する”のではなく、“操作してから理解しようとする”のです。
これは、認知心理学でいうdirect manipulation(直接操作)という概念と重なります。ユーザーが意味を読み取る前に、まず物理的な操作を通じてシステムと関わろうとする行動様式です。特に子どもは、記号の意味よりも、操作に対する視覚的・聴覚的・触覚的な反応(フィードバック)によって使いやすさを判断する傾向があります。 だからこそ、子どもの行動を観察すると、設計が「記号や文字に依存しすぎていないか」「直感的な操作が成立しているか」が見えてきます。
これはUIだけに限りません。たとえば、パッケージの開け口や封を切る手順なども、ラベルや矢印ではなく「構造的な誘導」がなされているかが問われます。
子どもの行動に見るUX設計の本質
■ 直感性:考えずに使えることが価値
子どもは、ラベルや説明文を読みません。読む以前に、言葉そのものの意味をまだ持っていないこともあります。彼らにとってのUXは、完全に“触ってみてわかるかどうか”にかかっています。
そのため、「見た目」と「反応」のつながりが明確でないと、操作自体が成立しません。
製品やアプリのUI、パッケージなども、いかに“触った瞬間にわかる”設計にできているかが重要です。
たとえば、息子が使ったタッチ式の絵本アプリでは、イラストを指でなぞると音が出たりキャラクターが反応する仕組みがありました。彼は何も教えられずに、自然と次々にページをめくり、画面を探索し始めました。この「触ってみて、すぐに分かる」体験こそが、UXの原点といえるのではないでしょうか。
■ 発見と遊び:ユーザーは設計通りに動かない
子どもは、UIを探索の対象ととらえます。連打する、長押しする、予期しない方向にスワイプする…。設計者が意図しない行動こそが、UIの強度を試すリトマス試験紙になります。
例えば、スマートスピーカーのマイクマークを連打する、ボイスアシスタントに「これは誰?」と話しかけ続けるなど、我々が“操作”とみなさない動作も、子どもにとっては「試している」行為なのです。
こうした“ズレ”に気づくことは、UX改善の貴重なヒントになります。遊びの余白があるか、反応が曖昧でないか、意図と行動が自然に結びつくか。子どもの行動には、設計の可塑性(しなやかさ)へのフィードバックが詰まっています。
■ 感情と反応の即時性:UXのフィードバック設計
子どもは、触った時のリアクションに非常に敏感です。押しても何も起こらなければ「壊れている」と思い、反応が返ってくれば夢中になります。
フィードバックの即時性・視覚的/聴覚的な明確さは、子どもだけでなく、すべてのユーザーに共通するUXの原則です。たとえば、光る・動く・音が鳴るといった五感への刺激は、ユーザーの「行動が成功した」という理解を後押しします。一方で、反応が曖昧だったり遅延があると、子どもはすぐに「飽きる」、あるいは「やめてしまう」。
このような即時の反応や明確な結果の可視化は、ドナルド・ノーマンが提唱したUXの基本原則である「可視性(visibility)」や「フィードバック(feedback)」にも通じています。ユーザーは、分かりやすい反応を通じて、操作への手応えや安心感を得る。言い換えれば、UXの信頼性とは、こうした小さな確信の積み重ねでもあるのです。
UX設計において、「反応のわかりやすさ」は、“完成度”以上に“信頼感”を作る要素なのです。
■ 子どもと大人のUX設計:違いと共通点を整理する
ここまで、子どもの行動観察から見えてくるUX設計のヒントを紹介してきました。これらは子どもの行動は設計の“素地”を映し出してくれます。
では、子ども向けのUXと大人向けのUXは、本質的に異なるのでしょうか? 実は、異なる点と共通する点の両方が存在しています。
『子どものUXデザイン』(デブラ・レヴィン・ゲルマン, 2014年)では、設計上の“違い”と“類似性”を以下のように整理しています。
違い:子ども向けUXで特に意識すべき4つの視点
観点 | 子ども向けUX設計のポイント |
やりがいと衝突 | 成功の積み重ねによるやりがいを感じさせることが次の行動を促す。 |
フィードバック | 即時・明確な反応(音やアニメーション)で、行動の手応えを返す。子どもは行動のひとつひとつにご褒美が欲しい。 |
信じやすい | UIやキャラのふるまいを素直に受け取る。子どもが危険な目に合わないようにデザインすることも重要。 |
変わりやすい | 集中・関心がすぐに移るため、短時間で完結する構造が有効。子供の成長は速く、2歳刻みで考えるようにする。 |
子どもは“今ここ”の体験に対して非常に敏感であり、その場での理解・喜び・納得がなければ、すぐに離脱してしまいます。 だからこそ、瞬間的に動機づけを与え、簡潔で、誤解の少ない設計が求められます。
類似性:子ども・大人どちらのUXでも大切な4つの原則
原則 | 共通するUX設計の重要性 |
一貫性 | 操作や表現がバラつかないことで、安心して学習・行動できる。 |
目的 | 何のためにその操作をするのかが、明確に伝わっている。 |
余計な驚きがないこと | ユーザーの予測を裏切らないことで、混乱や不信を防ぐ。 |
おまけ(ご褒美) | 小さな嬉しさや楽しさが、継続的な利用や満足感につながる。 |
これらの共通項は、「人間中心設計(HCD)」の原則にも深く関わっています。 つまり、子どものUXを考えることは、誰にとっても自然でわかりやすい体験とは何かを再確認するプロセスでもあるのです。
子ども視点が映し出す、すべてのユーザーの課題
子どもの視点で設計を捉え直すことは、決して“子ども向けUX”に限った話ではありません。 高齢者や、初めてその製品に触れる人、あるいは忙しい大人たちも、説明を読まずに“まず触ってみる”ことが多いのです。
子ども向けに求められる、即時の反応や視覚的にわかりやすい導線は、実は他のユーザー層にも共通するニーズです。たとえば、視覚や聴覚に制約のある方、あるいは文字情報の理解が難しい方にとっても、直感的に操作できる設計は大きな助けになります。 つまり、“子どもにとってやさしいUX”は、“誰にとっても迷いの少ないUX”にもなりうるということです。 こうした姿勢は、特別な人のためではなく、できるだけ多くの人にとって自然な体験を目指す、インクルーシブデザインやユニバーサルデザインの考え方とも重なります。
ATMで現金振込をしようとして、途中で「確認」や「戻る」ボタンを押し間違えて最初からやり直しになる──そんな経験をした人は少なくありません。私にも経験があります。ボタンの配置や文言の違和感により、ユーザーが不安になって誤った行動をとってしまうのです。これは、「安心して進めること」と「やり直しのしやすさ」の設計が両立していないことを示しています。

UXの失敗は、必ずしも「複雑すぎた」からではなく、「初動がつかめなかった」「何をすればいいのか分からなかった」ことに起因します。言い換えれば、「導入時の直感性」がUXの善し悪しを大きく左右します。
子どもの行動から得られる示唆は、誰にでも伝わる・誰にでも優しいUX設計へのヒントそのものです。それは特別なターゲットに向けたものではなく、すべてのユーザーにフィットする「人間中心設計」の入り口でもあるのです。
実務で活かす:子ども視点のUXアプローチと実例
■ 行動観察の価値を見直す
インタビューやアンケートでは拾えない気づきが、実際の“行動”からは見えてきます。子どもは特に、“説明を聞いてから操作する”という前提がないため、プロダクトがどのように「触られて」「試されるか」のリアルな反応を映し出します。この観察視点は、大人のユーザー調査にもそのまま応用できます。
■ “誤使用”や“想定外の操作”から学ぶ
子どもは、設計者の意図通りにプロダクトを使ってくれるとは限りません。
ボタンを連打する、画面を予期しない方向にスワイプする、説明文のない場所を延々と触る。 こうした「誤操作」は、単なるミスではなく、設計が誤解されるポイントや、インタラクションの曖昧さを示す兆候です。実務では、ユーザビリティテスト中の“意図しない操作”を例外処理として除外するのではなく、設計の再考ポイントとして分析対象に含めることで、より堅牢で直感的なUXに近づけます。
■ “説明なしでも伝わるか”を検証軸にする
子どもにとって、マニュアルやガイド文は基本的に読まれません。だからこそ、「見て、触って、自然に使い方が分かるかどうか」が、体験の成否を分けます。この視点を実務に応用するなら、初回ユーザーに説明なしでプロダクトやUIを使ってもらう検証が有効です。「次に何をすればいいのか分からない」「最初の操作に不安を感じる」といった反応があれば、それは設計の改善ポイントです。
子どもは、事前の知識や使い方の予測なしにプロダクトに触れる、いわば究極の初回ユーザーです。だからこそ、子どもの行動を観察することは、その製品が初見で迷わず使えるかどうかを確かめる、シンプルで効果的な方法になります。実際、多くのサービスでは、最初の体験で「ちゃんと使えた」と感じられるかどうかが、継続率や満足度を大きく左右します。その入り口の設計を見直すヒントが、子どもの最初の一手には詰まっているのです。
■ 事例1:Lego社のピクトグラム設計
Legoの組み立て説明書は、世界中の子どもたちが文字を読まずに理解できるよう、一切の言語を使わずに設計されています。彼らは数千回のテストと行動観察の末、「順番」「矢印」「数の大小」などを視覚的に学べるよう、独自のピクトグラム体系を構築しました。このアプローチは、UIやパッケージ設計においても、“見るだけでわかる”設計の極致といえるでしょう。
■ 事例2:任天堂の“自然に学ばせる”UI設計とやさしい言葉づかい
任天堂は、ゲーム設計において「操作説明を読まずにどこまで遊べるか」をUXの基準のひとつに据えています。たとえば『スーパーマリオ』シリーズでは、ゲーム開始後わずか数秒の間に、「ジャンプで障害物を越える」「敵を避ける」「コインを取る」といった基本行動を、ユーザーが自然に学べるようレベルデザインが工夫されています。これは、ユーザーが失敗しながらも直感的にルールを理解していく設計であり、「指示されなくても試したくなるUX」の好例です。
さらに、言葉の面での配慮が施されていることも見逃せません。任天堂の多くのゲームでは、小さな子どもでも理解できるように、難解な表現や専門用語を避けたり、漢字にフリガナを付けたりする設計がなされています。たとえば『あつまれ どうぶつの森』や『ポケモン』シリーズでは、すべての漢字にルビが振られていたり、メニュー構成も直感的に理解できる平易な言葉で統一されています。これらは、子どもだけでなく、高齢者やゲームに不慣れな大人ユーザーにも配慮したインクルーシブなUX設計といえます。
UIのふるまいと言語表現の両面から「自然と理解できる体験」を実現している点で、実務においても示唆に富んだアプローチです。

まとめ:UXの原点に戻るという選択
子どもの行動は、私たちに設計の原点を思い出させてくれます。それは、「知らなくても動ける設計」「説明しなくても誘導できる設計」が、どれだけ大切かということです。
もし、今取り組んでいるプロダクトで「伝えたいけど伝わらない」「誰かが迷っている」と感じる場面があるなら、子どもの行動から設計を見直す視点が、有効なヒントになるかもしれません。
Uismでは、こうした直感的理解や初期行動の分析を重視し、UI・パッケージ・医療機器など多様なプロダクトにおいて、年齢・認知特性を問わず“誰にとっても始めやすいUX”の設計支援を行っています。 プロダクトの改善や調査体制の強化を検討されている方は、ぜひお気軽にご相談ください。
この記事を書いた人

相沢 直人 Naoto Aizawa
大学のゼミで「UX」と出会う。以後、修士課程にてUX・ユーザビリティ・UIデザインの研究を行う。修了後UXデザイン会社にて、キャリアをスタート。主に自動車HMI調査に従事し、2011年にHCD-Net認定人間中心設計専門家取得。Uターンをきっかけに地元北海道の広告代理店にてマーケットリサーチに従事するも、どうしてもUXリサーチに関わりたくUismに入社。現在は対面調査以外の時は札幌からリモートで勤務。
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