障がい者の声と共につくるUX:海外の支援アプリから学ぶCo-designの力 

障がいのある方を含む多様な当事者が一緒にデザイン会議を行っている様子。インクルーシブデザイン、アクセシビリティ、Co-designの重要性を表すビジュアル。

アクセシビリティという言葉は少しずつ日本でも広まりつつありますが、その理解はまだ一部の専門家や業界に限られている印象です。また、「配慮」や「アクセスのしやすさ」といった表面的な文脈で語られるケースもあり、UXやユーザー中心設計といった視点と、まだきちんと結びついていないのが実情です。 

一方、欧米ではアクセシビリティは社会の前提として根付き始めています。特に注目されているのが「Co-design(協働デザイン)」というアプローチです。これは障がいのある方を「使う人」ではなく、「共につくる人」として迎え入れ、設計段階から関与してもらう考え方です。 

この記事では、Co-designという考え方を簡単に紹介したうえで、そのアプローチを活かして開発された海外の支援アプリの事例をご紹介します。どのように共につくる姿勢がUXに活かされているのか、具体的に見ていきましょう。 

Co-designとは何か?なぜ注目されているのか 

どれだけ優れた機能に見えても、それが本当に役立つかどうかを判断できるのは、実際にその機能を使う人だけです。特に障がいのある方が日常で感じる困りごとは、健常者の想像だけでは捉えきれない部分が多くあります。 

こうした見えにくいニーズを理解するために、UXリサーチが果たす役割は大きいものです。その中でも、ユーザーの声を聞くだけでなく、共に考え、共に手を動かしながら形にしていくという姿勢こそが、Co-designの本質です。 このアプローチは、従来のユーザビリティテストなどのように、製品がある程度できあがった後に評価を行うものではありません。設計の初期段階から当事者と共にアイデアを出し、構造を考え、形にしていくのです。 

Co-designは探索的リサーチ(exploratory research)とコンセプト設計を同時に行う、実践的なUXリサーチ手法の一つとも言えます。例えば、以下のような取り組みが挙げられます: 

  • ワークショップで困りごとを共有しながら機能を考える 
  • ペーパープロトタイプで構造を一緒に描き出す 
  • 実際の生活環境でプロトタイプを試し、リアルタイムで調整する 
4人の人物が大きなパズルピースを一緒に運んでいるイラスト。アクセシビリティやインクルーシブなUXデザインにおける協働・共創の重要性を表現。

ユーザーとともに「どんな場面で困っているのか」、「その時、どんな情報があれば安心できるか」を洗い出し、画面設計や機能構成を一緒に考えることがCo-designであり、同時に設計そのものでもあるのです。 

Co-designの恩恵を受けるのは障がい者だけではない 

Co-designは、障がいのある方のためだけのものではありません。実際には、誰もが使いやすいUXを実現するための基盤として、多くの人に恩恵をもたらします: 

  • 障がいのある方:物理的・認知的なバリアを取り除き、平等な情報へのアクセスを提供する。 
  • 高齢者:加齢に伴う視覚・聴覚・運動機能の変化にも配慮された、やさしい操作設計にする。 
  • 一時的な障がいのある方:骨折や体調不良などにより一時的に制限がある場合でも、無理なく使えるよう配慮されたUIを提供する。 
  • 言語に不慣れな方:平易な表現や多言語対応により、内容の理解をよりスムーズにする。 
  • 読み書きに課題のある方:直感的なUIや視覚的な要素で、情報取得の負担を軽減する。 
  • 騒がしい環境での利用者:音声が聞こえにくい状況でも字幕やビジュアルで補完する。 
  • 通信環境が不安定な地域や状況:軽容量な設計や高速表示によって、ストレスの少ない操作にする。 
  • すべてのユーザー:一貫したレイアウト、直感的な操作性により、誰にとっても快適なUXを提供する。 

このように、 Co-designを通じて生まれる設計は、特定の誰かのためだけでなく、すべてのユーザーにとっての使いやすさに繋がっていきます。 

海外の障がい者向けアプリの紹介 

次に紹介するアプリは、開発段階からユーザーが深く関与し、彼らの実体験やニーズをもとに磨き上げられてきたものです。Co-designがいかに実際の機能や使いやすさに反映されているかを、それぞれの事例から見ていきましょう。 


視覚障がい者向けアプリ

SeeingAI

Seeing AI(日本語対応)

Microsoftのプロジェクトで、スマートフォンのカメラとAIを使って周囲の情報を認識し音声で伝えてもらえる。人物の顔認識、テキストの読み上げ、物体の識別、さらには紙幣やバーコードの読み取りなど、様々な日常の場面で使える。実際の視覚障がい者とのワークショップやテストを重ね開発された。 


視覚障がい者向けアプリ

Be My Eyes

Be My Eyes(日本語対応)

視覚障がい者と世界中のボランティアをライブでつなぐ支援アプリ。アプリを開くだけで、必要な時にボランティアとリアルタイムでビデオ通話ができ、カメラ越しに視覚情報を伝えてもらえる。冷蔵庫の中身確認や商品の色、賞味期限のチェック、駅の案内板など、ちょっとした不便をその場で解決できる。ユーザーと支援者双方の声を反映し開発された。

 


聴覚障がい者向けアプリ

Roger Voice

Roger Voice(日本語対応)

音声をリアルタイムで文字に変換し、聴覚に不自由のある方も電話で会話ができる。会話内容が自動で字幕化されることで、本人が読んで理解できるほか、文字入力で相手に返信することもできる。開発者自身が聴覚障がいを持つ当事者であり、その原体験をベースに設計されている。 


発話困難の方向けアプリ

Proloquo2Go

Proloquo2Go

言葉でのコミュニケーションが難しい方のために開発されたAAC(補助代替コミュニケーション)アプリ。絵カードやテキストをタップすることで、音声で意思を伝えることができる。AssistiveWare社は開発当初からユーザーや支援者と密に対話を重ね、シンボルの種類、インターフェース、使いやすさを徹底的に調整している。現在は教育・療育の現場でも活用されている。 


肢体不自由な方向けアプリ

AccessNow

AccessNow  

クラウドソーシング型のバリアフリーマップアプリ。飲食店、ホテル、博物館などのアクセシビリティ情報をユーザー自身が投稿・評価でき、地図上で色分け表示される仕組み。開発者自身がアクセシビリティの課題に直面した当事者であり、当事者コミュニティとの対話をもとに開発された。 


誰かにとっての当たり前を見直そう 

スマートフォン1台で生活の質が大きく変わる現代において、アクセシビリティ設計の質は、社会インフラの一部だと私は思っています。特にアクセシビリティの領域では、机上の想像や一般的なユーザビリティテストだけでは限界があり、実際に困りごとを抱える当事者を巻き込んだリサーチこそが、役立つサービスを生み出す鍵となります。 

Co-designを実践することによって、単なる「配慮」を超えた、アクセシビリティの本質的な価値が見えてきます。海外のアプリが優れたUXを実現し、成功しているのは、まさにその「共につくる姿勢」が一貫しているからでしょう。 

アクセシビリティに限らず、誰かにとっての当たり前を問い直すことは、あらゆるUX改善の出発点となります。見慣れたものこそ見直す価値がある。そんな視点で身の回りを見つめ直してみると、新たな発見が得られるかもしれません。 

私たちUismとともに「当たり前」の中に埋もれたヒントを見つけ、多様なユーザーにとって使いやすい体験を一緒に考えてみませんか? 

この記事を書いた人

金谷 理奈子 Rinako Kanaya

群馬県生まれアメリカ育ち。高校時代にデジタルデザインの課題で評価され、調子に乗ったのがUXをキャリアの視野に入れたきっかけ。大学卒業後、アメリカ主催のUXリサーチブートキャンプを終了、イギリスの大学院で行動科学の修士号を取得する。海外と日本のデザインの違いに衝撃を受け、それをより深く探究すべくユーイズムに入社。使用言語は日本語、英語、韓国語(日常会話)。