成田空港の出発ロビー。韓国人の男性2人が、ドリンクを買おうと自販機の前に立ち止まった。カードをかざしてみるが、反応がない。もう一度試すが、やはりうまくいかない。後ろに並ぶ人の視線を気にしながら、彼らは再びチャレンジするも、最終的に列を離れてしまった。
日本を訪れる外国人にとって、自販機は驚きと利便性を象徴する存在と言っても過言ではないだろう。特に日本では、飲み物だけでなく、様々な商品を販売する自販機がいたるところに設置されている。近年ではキャッシュレス決済が導入され、利便性が一層向上している。しかし、日本人にとっては当たり前の自販機も、外国人にとってはその使い方が難しい場合がある。
先日、成田空港で出発を待つ間の90分間、自販機の前で外国人が実際にどう操作するかを観察してみた。この観察を通じて、日本の自販機がキャッシュレス社会の中でどのようなUXの課題を抱えているのかを考察する。※あくまで個人的な観察結果
観察対象の自販機
観察対象となった自販機は、出発ロビーに設置された自販機。現金に加え、クレジットカードや交通系ICカード、さらには海外発行のカードにも対応していて、多様なキャッシュレス決済方法を提供しているものだった。
Method: 自然観察法
今回は心理学やUXリサーチでよく使われる「自然観察法」を用いて調査した。これは、特定の環境で人がどのように振る舞うかをありのままに観察し、行動を記録するリサーチメソッドである。成田空港は、様々な国籍や文化背景を持つ人々が集まる国際的な場所であり、外国人ユーザーが自販機をどのように使うかを観察するには最適な場所だと考えた。
- 場所: 成田空港出発ロビー
- 時間: 90分
- 人数: 約200名
観察結果: UXの課題と行動パターン
90分間の観察において、多くの外国人がキャッシュレス決済を試みていたが、その大半が何らかの形で問題に直面していた。以下、観察を通じて明らかになった主なUXの課題と、それに伴う行動パターンをまとめた。
主なUXの課題
- 決済方法の決定手順が分かりにくい
キャッシュレス決済を利用する際、支払方法を選択後に確定ボタンを押さなければならないが、その手順が明確でないため、カードを何度もかざして失敗するケースが多かった。また、一定時間が経過すると画面がリセットされて最初からやり直しとなるが、カードをかざしている際は画面が隠れてしまい、リセットされていることに気付かない。 - 操作方法に違和感がある
画面がタッチパネルのように見えるが、実際にはボタン操作であるため、直感的に操作できず戸惑うユーザーが多く見られた。 - 対応カードが不明確である
特に海外発行のカードが利用できない場合、その理由や代替手段が表示されておらず、ユーザーが混乱するケースが見られた。 - 英語表記が曖昧である
ドリンクの種類が「Water」「Tea」といった大まかなカテゴリ名でしか表示されておらず、具体的な商品内容がわかりにくいため、選びづらい。
行動パターン
これらのUX課題に対して、外国人ユーザーは以下のような行動パターンを示していた。ほとんどのユーザーは2-3回キャッシュレス決済を試みていたが、中には粘り強く5回以上挑戦し、それでもうまくいかずに現金で購入する人も見られた。
- 何度も試して成功する(平均:2-3回)
- 何度も試して諦める(平均:2-3回)
- もう一度並びなおし、他の人が購入する様子を観察する
- 後ろの人と助け合いながら購入する
- 最終的に現金で購入する(平均2-3回キャッシュレスで挑戦)
- 翻訳アプリを立ち上げる
解決策: UXの改善提案
これらのUX課題を解消するためには、以下のような改善が有効ではないかと考える。
- 決済方法の視覚化と明確な手順を提示
支払方法を選択する際、選択後に確定ボタンを押す手順をより明確に視覚化する。例:画面上に「確定ボタンを押してください」といったアニメーションや視覚的なプロンプトを追加し、時間切れでリセットされる場合も画面上にカウントダウンを表示することで、ユーザーが気付けるようにする。 - インターフェースの改善
画面がボタン操作である点を明確にする。
例:ボタンを強調したデザインや、画面に「ボタン操作です」と明示する説明を表示することで、操作感の違和感を軽減する。 - 海外発行カードが使用できなかった際の代替案を提示
海外発行カードが使えない場合、代替手段(例:現金の使用や他のキャッシュレス手段)をすぐに案内する。 - 英語表記の詳細化
大まかなカテゴリ名だけでなく、商品名や簡単な説明(例:「Sparkling Water」「Green Tea」など)を追加し、外国人ユーザーが具体的に何を購入するかが分かりやすくなるようにする。
まとめ
日本の自販機は、いまや日常生活に欠かせない存在となっているが、国際的な利用者にとっては、まだ改善の余地が残されている。特に空港のような多文化が交わる場所では、外国人にも使いやすいデザインが求められる。今回観察した自販機は、日本人向けに設計されたもので、外国人向けのラベルが後付けされただけの印象だった。そのため、根本的なデザインの見直しとともに、やはり対象ユーザーを明確にした細やかなUXの気配りが重要だと感じた。こうした配慮こそが、日本を訪れる人々にとっての良い思い出をつくるのではないだろうか。
私たちUismは、日常のUXに関心を持ち、世界を新しい視点で見る好奇心を原動力に、リサーチに取り組んでいます。もしUXリサーチをお考えの製品があれば、ぜひお気軽にご相談ください。
この記事を書いた人
金谷 理奈子 Rinako Kanaya
群馬県生まれアメリカ育ち。高校時代にデジタルデザインの課題で評価され、調子に乗ったのがUXをキャリアの視野に入れたきっかけ。大学卒業後、アメリカ主催のUXリサーチブートキャンプを終了、イギリスの大学院で行動科学の修士号を取得する。海外と日本のデザインの違いに衝撃を受け、それをより深く探究すべくユーイズムに入社。使用言語は日本語、英語、韓国語(日常会話)。