UXとは自由をどう設計するか:サルトルに学ぶ「選択の設計」 

複数の選択肢を前に立つ女性のシルエット。UI要素と矢印が表示され、選択や意思決定を象徴するイラスト

UXデザインを語るとき、よく取り上げられるのは使いやすさや効率、ストレスの少なさといった観点です。けれど、もうひとつ大切な視点があります。それは、選択という体験です。 

日々、私たちはUIを通して何かを選び、決めて、行動しています。でもその選択は、本当に自由なものなのでしょうか。あるいは、気づかないうちに誘導されたものかもしれません。こうした問いを考えるうえで参考になるのが、20世紀の実存主義哲学者ジャン=ポール・サルトルの思想です。  

「人間は自由の刑に処されている」 

サルトルの代表的な言葉の一つです。短いながらも、その中に込められた意味は深く、重いものがあります。サルトルによれば、人間は、選ばないという行為ですら「選択」として引き受けなければならない存在です。そして、どんな選択にも責任が伴います。それから逃れることはできません。自由とは、望んでも望まなくても背負うべき重みであると彼は説きました。この考えをUXに置き換えると、見えてくるものが少なくありません。 

UIはユーザーの自由をどう扱っているか 

デザインの多くはユーザーに選択肢を与えます。ですが、それは本当に自由な選択になっているのでしょうか。 

例1:退会が難しいサブスクリプションのUI 

あるサービスで解約しようとすると、何度も確認画面が表示され、ようやく小さなキャンセルボタンが出てくる。こうしたUIは、形式上は自由を与えているようで、実際には「選ばせない」ように設計されています。サルトルの言葉を借りるなら、これは自由のふりをした「不誠実な設計」です。 

例2:選びにくいクッキーバナー 

「あなたのプライバシーを大切にしています」と書かれているポップアップに、目立つ「すべてに同意」ボタンと、見つけにくい「設定を管理する」リンク。こうした設計も、自由に見せながら実際には一つの選択に誘導しています。 

例3:性別の選択肢に「その他」はあるが配慮がない 

性別入力欄に「その他」が用意されていても、具体的な選択肢がなく、フォローもない場合、かえって排除感を生むことがあります。ときには「回答しない」という選択肢を設ける方が、ユーザーの尊厳を守る結果につながるかもしれません。 

UXにおける倫理とサルトルの視点 

サルトルはUIの設計を語ったわけではありません。それでも彼が問いかけた自由や責任といったテーマは、UXデザインの本質に通じています。私たちは本当にユーザーに選択を与えているのか。それとも、選ばされているだけなのか。UXは、ただ選択肢を並べるだけの設計ではありません。私たちが向き合うべきなのは、ユーザーがどう選び、なぜそうしたのかという背景そのものです。その選択に意味があるのか。選んだ結果をどう受け止めているのか。そうした問いを立てることこそが、UXリサーチの出発点になると私たちは考えています。 

選べるUXから、選びたくなるUXへ 

UXの分野では、選択肢が多すぎると人が決断できなくなる現象、いわゆる選択のパラドックスも知られています。選択肢が増えることで一見自由度が高まるように見えて、実際には判断疲れや後悔、不安を招くことがあるという心理現象です。アメリカの心理学者バリー・シュワルツが提唱し、UXやマーケティングの現場でもたびたび参照されています。 

私たちのリサーチでも、選択肢が多すぎることでユーザーが迷い、動けなくなる場面を多く目にしてきました。 

ただ選ばせればよいという設計が、体験を損ねてしまう例は決して少なくありません。 

一方でサルトルの視点はさらに深いところにあります。問題は選択肢の数ではなく、選んだことに意味と責任が持てるかどうかです。UXにおいても、選択が誠実に扱われているかが問われます。 

自由を支えるUXのヒント 

サルトルの思想は、私たちがユーザーリサーチを通して観察してきた「選択の現実」と深く重なります。そこから導かれるヒントをいくつかご紹介します。 

  • 選択肢の重みを正しく扱う 
    たとえばアカウント削除のような重要な操作は、隠すのではなく、目に見える場所に設ける必要があります。削除したいと考えるユーザーにとって、それが見えるところにあるということ自体が、自分の選択が正当に扱われているという体験になります。 
  • 選ばない自由を許容する 
    たとえば電話番号の入力欄。必須ではなく任意に設定し、その理由を「トラブル時のご連絡のため」と明示する。これだけで「入力するかどうかを自分で選んだ」とユーザーは感じられます。 
  • 結果が見えるようにする 
    同意ボタンを押したあと何が起きるのか。その選択によってユーザーの情報がどう扱われるのか。こうした結果が見えるようにすることで、ユーザーは自分の選択に責任を持てるようになります。 

UXとは、自由と責任を支える設計である 

サルトルは、自由には責任が伴うと語りました。UXにおいてもそれは同じです。インターフェースは、ユーザーの行動を誘導するものではなく、選択を支える場であるべきです。UXとは、ただ便利に操作させるための設計ではありません。選ぶという行為に意味を持たせ、その選択を尊重するための設計です。 

ユーザーに選択の自由を提供することは、単なる操作性の向上にとどまらず、ユーザーの満足度や信頼感、ブランドへの愛着を育む基盤となります。​私たちUismでは、ユーザーの行動の背景にある心理や感情を深く理解し、真にユーザー中心の体験を設計するためのリサーチを行っています。​選択の自由がもたらすポジティブな影響を最大化するために、ぜひ私たちと一緒に考えてみませんか? 

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