近年、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の重要性が高まる中で、アクセシビリティへの関心も一層強まっています。製品やサービスをすべての人が使いやすく設計することは、社会的責任にとどまらず、企業の持続的成長のためにも欠かせない視点です。
UXリサーチにおいても、障がいのある方々の声を直接取り入れることは、真の意味で包括的なユーザー体験(Inclusive UX)を設計するうえで極めて重要です。しかし、障がい者を対象とした調査には特有の配慮や準備が求められます。本記事では、調査会社がアクセシビリティ調査において担える役割と、具体的な取り組みポイントをご紹介します。
対象者のリクルーティングについて
障がいのある方に参加いただくリサーチでは、信頼性の高いリクルートチャネルの利用が不可欠です。以下のような手段を組み合わせることで、より安心で円滑な参加者募集が可能になります。
- 既存ネットワークからの紹介(当社独自アプローチ)
当社では、過去のリサーチで築いたつながりや当事者からの紹介を通じて、信頼関係を基盤としたリクルートも実施しています。この方法は、通常の手段では接点を持ちにくい参加者との貴重な接触機会を生み出すことができます。 - パネル保有のリクルート会社との連携
障がい者パネルを保有する専門リクルート会社と提携することで、対象条件に合った参加者を迅速かつ的確にリクルートできます。調整や管理も一貫して行えるため、大規模調査にも適しています。 - 当事者団体との連携
障がい当事者が所属する団体や支援機関と連携することで、参加者に安心感を持ってご協力いただける形でリクルートが可能になります。視覚・聴覚・発達・身体など、特定の障がい特性に応じた団体と連携することで、より的確な対応が行えます。
事前確認と配慮事項の確認
参加前の段階で、必要な支援や配慮事項を必ずヒアリングします。たとえば、聴覚障がいのある方には手話通訳の有無を確認し、必要に応じて手話通訳派遣センター の利用も検討します。
調査設計:対象者別に配慮したリサーチの進め方
アクセシビリティ調査では、参加者の障がい特性に応じた配慮を事前に検討することが不可欠です。同じ調査設計であっても、情報の受け取り方やコミュニケーション手段には大きな違いがあります。参加者が安心して調査に臨めるよう、事前準備と設計に工夫を加えることが重要です。
視覚障がい者への配慮:
視覚障がいのある参加者は、画面上の情報を視覚的に確認できないため、音声による情報伝達が基本となります。特にオンライン調査では、音声がほぼ唯一の情報源となるため、「今何を見ているのか」「どの部分について話しているのか」を明確に伝えることが重要です。
たとえば、「こちらの画面」や「あれ」「これ」といった指示語は避け、代わりに「上から2番目のボタン」など具体的な説明を意識しましょう。対面の場合には、触って確認できる資料や実物の提示も有効です。
<主な配慮事項>
- スクリーンリーダーに対応したツールを選ぶ(例:Qualtrics、Microsoft Forms)
- 質問文と入力欄のラベルを正しく設定する
- マウスを使わずに操作できるよう、キーボード対応を確認する
- 事前にフォームの操作練習や使い方ガイドを共有することで、不安を軽減する
聴覚障がい者への配慮:
聴覚障がいのある方には、音声による説明や会話が届きにくいため、視覚的な情報伝達が必要不可欠です。ライブ字幕やチャット機能を活用し、文字情報での補足を行いましょう。また、障がいの程度やコミュニケーション手段の違い(手話・読唇術など)により、必要なサポートは異なるため、事前に本人の希望を確認することが重要です。
<主な配慮事項>
- 自動字幕機能付きのオンラインツールを活用する(例:Zoom、Microsoft Teamsなど)
- 音声での説明は、同時にチャットを共有する
- 調査の流れや目的を事前資料として配布し、準備しやすくする
- 希望があれば手話通訳者を手配する
- 読唇ができるようにマスク着用をしない(特別な事情を除く)
身体障がい者への配慮:
身体障がいは多様なケースがあり、手や腕の可動範囲に制限がある方、長時間の着座が困難な方など、個々の状態に合わせた配慮が必要です。物理的な負担や操作のしやすさを考慮し、調査時間や方法を柔軟に調整しましょう。
<主な配慮事項>
- 音声入力やスイッチデバイスに対応したツールの利用を検討する
- 調査時間を短くしたり、途中に休憩を設ける
- 介助者の同席や回答代筆を認める
- 必要な支援内容を事前に確認し、個別対応する
発達障がい者への配慮:
発達障がいのある方は、情報処理やコミュニケーションに個人差があり、不確実性や抽象的な表現に不安を感じやすい傾向があります。安心して参加できるよう、事前に見通しを示し、質問内容は簡潔かつ、具体的に表現することを心がけます。
<主な配慮事項>
- 調査の流れや所要時間を事前に図や箇条書きで伝える
- 質問は短く、具体的に表現する。(例:「よく使うアプリは?」ではなく、「この1週間で最も使ったアプリは?」)
- 開始前にアイスブレイク的な雑談や簡単な質問を設け、緊張を和らげる。
- 回答方法に選択肢形式や画像提示なども取り入れる
アクセシビリティ調査を支えるコミュニケーションツールの紹介
アクセシビリティ調査では、参加者の多様なニーズに応じたツールの活用が欠かせません。本記事では、調査を円滑に進め、誰もが安心して参加できる環境づくりに役立つ、代表的なコミュニケーションツールをご紹介します。
UDトーク(コミュニケーション支援アプリ)
- スマートフォンやPCに対応し、ZoomやTeamsとの併用も可能
- 複数人の発言も認識・色分け表示され、誰が話しているかが分かりやすい
- 文字修正もその場で可能なので言い間違いや誤認識にも対応しやすい

UDトークを使ったコミュニケーション(画像出典: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000159.000008099.html)
Zoom:文字起こし(字幕)機能

Zoomには、リアルタイムで音声を字幕に変換する「自動字幕」機能が搭載されています。日本語にも対応しており、設定を有効にするだけで簡単に利用できます。
自動字幕の設定方法はこちら | Zoomサポート
- インタビュー中の会話を自動字幕化
- 参加者が字幕をオン/オフが可能
- 字幕ログの保存も可能なため、事後確認が可能
設定:Zoomの「ミーティング設定」→「字幕」→「自動字幕生成を有効にする」


スクリーンリーダー対応ツール
スクリーンリーダー対応のアンケートツールは、視覚に障害のある方が調査に参加しやすくするための重要な配慮です。テキストを音声で読み上げる支援技術(例:NVDA、VoiceOver、JAWSなど)と連携することで、「見えなくても内容を理解し、自分の意見を伝える」ことが可能になります。
代表的な対応ツール:
- スクリーンリーダーによる読み上げに対応し、設問や選択肢を視覚情報に頼らず確認可能
- シンプルなフォーム構造で、キーボード操作による移動や入力にも対応
活用シーン | 適したツール | スクリーンリーダー対応の特徴 |
スクリーニング調査 | Microsoft Forms | シンプルなUI設計。読み上げ精度が高く、キーボード操作にも最適 |
同意取得 | Qualtrics | 読み上げ対応のフォーム作成と進捗管理が可能 |
満足度アンケート | Microsoft Forms | 評価・コメント入力欄が読み上げ対応。短時間で収集可能 |
海外で活用されている支援アプリについても、以下の記事でご紹介しています。
調査後のフォローと関係構築
調査が終了したあとも、参加者との関係性を丁寧に扱うことが、アクセシビリティ調査においては非常に重要です。参加者が安心して意見を述べられたか、不安や困難がなかったかを確認することで、調査全体の品質と信頼性が高まります。
また、謝礼や連絡方法なども、参加者の事情に応じて柔軟に対応することで、配慮のあるリサーチ体験を提供できます。調査後の対応は一度きりの事務手続きではなく、今後の協力にもつながる信頼構築のプロセスと捉えることが大切です。
主なフォローのポイント:
- 謝礼の受け取り方法は現金・ギフトカード・振込など、柔軟に選択できるようにする
- 調査に対するフィードバックや感想を受け取る場を設ける(簡単なアンケートなど)
- 希望者には、調査結果の概要や活用イメージを共有する
- 次回調査への意欲や希望もさりげなく確認する
まとめ
アクセシビリティ調査は、特別な対象者に対応する「オプション」ではなく、UXの本質に関わる重要な取り組みです。障がいのある方の声を聞くことで、サービスや製品の見えなかった課題に気づき、誰もが安心して使える体験へとつなげることができます。
調査会社としては、対象者の声を正しく受け取り、それを企業や社会に橋渡しする役割を担っています。そのためには、単に調査を“実施する”だけでなく、“参加者が尊重されたと感じられる場”をつくる意識が欠かせません。
アクセシビリティは、特別な機能ではなく「よりよいUX設計の基本」です。誰もが参加できるリサーチの実現に向けて、まずは小さな配慮から、一歩ずつ始めてみませんか。
これから障がいのある方を対象としたリサーチを検討している企業様も、まずはお気軽にご相談ください。
この記事を書いた人

佐藤 愛衣 Mei Satoh
宮城県出身。3人の兄弟と数十匹の猫たちに囲まれて育ち、兄の影響でミニ四駆にはまり、カーボン加工やボディの軽量化が得意な幼少期を過ごす。趣味は、夏はサーフィン、冬はスノーボード。また、どこへでも車で行くほどドライブ好きでアクティブなUXリサーチャー。これまで経験した業種はUismイチ(美容・アパレル・調剤・飲食・エンタメなど)。豊富な経験から、幅広い分野でのリサーチを強みにする。