ユーザー行動背後のヒントを探索

投稿日 2023-10-17
著者 Mei Sato
カテゴリーケース

製品やサービスの成功は、単に機能や操作性だけでなく、ユーザーがその製品やサービスを使用する「文脈」（コンテキスト）に大きく依存します。この「文脈」とは、ユーザーの行動の背後にある動機や感情、状況、考え方などを指し、それが製品やサービスの利用方法やニーズに大きく影響を与えます。

例えば、音楽再生アプリを考えた場合、ユーザーがジムでのワークアウト時、通勤時、就寝前のリラックス時にそれを使用するとき、その求める機能や使用感は大きく異なるでしょう。文脈を無視して製品やサービスを設計・提供すれば、ユーザーの真のニーズに応えることは難しくなります。では、この「文脈」というものをどのように捉え、理解することができるのでしょうか。

「行為の意味を理解するとは、特定の文脈の中でそれを把握することである」

この言葉は、社会学の巨匠、マックス・ウェーバー（Max Weber: 1864-1920）からの直接の引用ではありませんが、彼の理論に深く根ざしたものであり、著作『経済と社会』および『社会科学の方法論』で提唱した解明的理解のコンセプトが反映されています。そして、解明的理解とは、行動の背後にある意味や動機、その文脈を明らかにし、それを理解することをアプローチであり、この考え方は、現代のUXリサーチの本質を的確に表していると言えます。

本記事では、その「文脈」を深く探るための強力なUX調査手法、コンテキスチュアル・インクワイアリー（文脈的質問法）に焦点を当てて、ユーザーの真のニーズや背後にある動機を明らかにする方法について紹介します。

コンテキスチュアル・インクワイアリーとは

この調査手法の特徴は、以下の要点に集約されます：

実際の環境での観察: リサーチャーはユーザーの現場に身を置き、ユーザーがタスクを実行する様子を観察

師匠と弟子モデル: ユーザー（師匠）がリサーチャー（弟子）に、実際のタスク実行の際の経験や知識を伝える

対話を通じた深い理解: リサーチャーは、タスク実行の過程を観察しつつ、不明瞭な部分や疑問に思う点について質問を行う

実際の行動と意思決定の洞察: ユーザーの行動の背後にある意味や動機、感情などの深層的な情報を取得する

この手法がなぜ効果的なのかを見ていきましょう。

行動の多くは無意識に行われている

ユーザーの製品・サービスの利用状況を把握してニーズを理解する上で、デプスインタビューやグループインタビューは有効な手法として広く使われています。これらの方法は、ユーザーの意見や感じることを直接的に取得することができ、その情報は製品やサービスの改善に非常に役立ちます。

しかし、我々人間は、日常の多くの行動を無意識のうちに行っています。例えば、何気なく行っている日常のルーティン（朝に目を覚まして歯を磨いたり、コーヒーを淹れる動作、家を出る際の鍵のかけ方など）や、特定の製品を使う際の特有の動作などがそれにあたります。このような日常の習慣や慣れ親しんだ行動は、深く考えずに自然体で行われることが多く、それぞれの行動の背後にある意図や感情を正確に言葉で説明するのは難しいものです。よって、通常のインタビューで、これらの無意識の行動や習慣に対して、「なぜそのような行動をとるのか？」と対象者に問いかけても、彼ら自身もその理由を明確に説明できないことが多いのです。

答えは現場に隠れている

実際の利用環境、つまりユーザーが具体的なタスクを実行している文脈での観察は、ユーザーの行動や選択の理由を理解するための鍵となります。実際のタスクの実行中にユーザーに質問することで、彼らはその場の状況や感情をもとに、何をなぜしているのかを具体的に説明することができます。

この手法では、ユーザーがタスクの過程を直接示し、リサーチャーがその動作や発言を注意深く観察します。リサーチャーは、不明確な点や疑問点について、その場で質問を行うことができます。このインタラクティブなやり取りは、「師匠と弟子」の伝統的な関係を思い起こさせるもので、ユーザーが「師匠」としての役割を果たし、リサーチャーに実際の経験や知識を教えているのです。

この手法を採用する最大のメリットは、ユーザーの行動の背後にある動機や考え方、感情などの深層情報を得られる点です。制御されたラボ環境では捉えきれない、実際の使用環境でのみ生じる問題や課題も特定できます。さらに、この方法の魅力は、予期しなかった発見や、日常的すぎて見過ごしやすい細部の情報も明らかにし、新たな仮説発見に繋がることもあります。

実施にあたってのポイント

コンテキスチュアル・インクワイアリーを実施する際の成功の鍵は、事前の準備と現場での柔軟性のバランスを取ることです。

インタビューガイドの作成: 通常のインタビューと同様に、事前にインタビューガイドを作成することが必要です。このガイドは、調査のフレームワークや参照ポイントとして使用します。

柔軟性の確保: 実際の調査現場では、ユーザーの行動や反応に即座に対応する柔軟性が求められます。ガイドはあくまで参考資料であり、現場の状況やユーザーの反応に合わせてアプローチを変える能力がリサーチの質を大きく左右します。

アクティブリスニングの重要性: ユーザーからのフィードバックや感想を受け入れる際、アクティブリスニングの技術を駆使して、深層のニーズや懸念を引き出すことが重要です。

最終的には、インタビューガイドを頼りにするのではなく、それを基にしてユーザーとのリアルタイムな対話を通じて、真のユーザー体験やニーズを探る柔軟な姿勢が求められます。

まとめ

コンテキスチュアル・インクワイアリーは、1980年代にHoltzblatt, K.とBeyer, H.が開発した手法です。しかし、その原点はマックス・ウェーバーが提案した「解明的理解」にあると言えます。ウェーバーは観察者の先入観を排除し、人々の行動とそれに続く行動のパターンを通じて客観的に理解することを提唱しました。この観点から、コンテキスチュアル・インクワイアリーはウェーバーの理論を具体的に実践する手法とも言えます。さらに、現場でのインタビューや質問を取り入れることで、より詳細にアプローチできると言えるでしょう。

この調査手法を効果的に活用することで、製品やサービスはユーザーの真のニーズや期待に応えることができ、結果的により高いユーザー体験の提供へと繋がります。

当社Uismは、この手法の導入から実施、そして結果の解釈までの一連のプロセスをサポートしています。私たちの経験豊富なチームは、国内外を問わず、お客様のビジネスニーズに最適なソリューションを提供することをお約束します。どのようなご相談でもお気軽にお問合せください。