はじめに:AIは「人間らしさ」を再現できるのか?
UXリサーチの現場では、ユーザーのリアルな声に耳を傾けることが、すべての出発点となります。その一方で、「リクルートに時間がかかる」「インタビュー前に仮説を十分に磨ききれない」といった悩みは、私たちリサーチャーにとって常につきまとう課題です。
こうした状況の中、近年大きな注目を集めているのが「シンセティックユーザー(合成ユーザー)」という技術です。生成AIによって生み出される架空のペルソナが、本当に使えるのかどうか。商品企画やマーケティングに携わる方であれば、一度は関心を持たれたことがあるかもしれません。
確かにAIは、論理的な回答や情報の整理を得意とします。しかし、人が時折見せる矛盾、言葉にならない感情のゆらぎ、記憶の曖昧さといった、リサーチにおいて最も価値のある「人間らしさ」までも再現できるのでしょうか。
この根源的な問いを検証するため、私は一つの比較調査を実施しました。テーマは、あえてAIにとって難しいであろう、感情や社会性が複雑に絡み合う「日本の20代におけるボランティア参加」です。実在するユーザーとAIが生成したシンセティックユーザー、両者に同じ質問を投げかけた時、その回答にはどのような違いが生まれるのかを比較しました。
この記事では、その調査結果を通して見えてきた、シンセティックユーザーの有効性と限界、そしてUXリサーチにおける今後の活用法についてご紹介します。
調査設計
今回の調査は、同じ条件下で作成した2つのユーザーグループ(リアルユーザーとシンセティックユーザー)を4名ずつ計8名を対象に行いました。
フェーズ1:リアルユーザーへのインタビュー(4名:P01-P04)
- 対象者: 20~29歳で、過去3ヶ月以上、月1回以上の頻度でボランティア活動に参加している4名。
- 手法: 1人あたり60分間のオンラインインタビューを実施。
- 実施期間:2025年5月20-21日
- 主な質問内容: 活動に参加したきっかけ、継続している理由、やりがい、活動の中で感じる感情的な障壁など。
フェーズ2:シンセティックユーザーによる仮想インタビュー(4名:P05-P08)
- 使用ツール: GPT-4
- プロファイル設定: リアルユーザーと同様の条件(年齢、活動内容、頻度、動機など)をもとに、4つの異なるペルソナを作成。
- 手法: リアルユーザーと同一のインタビューガイドを使用し、60分間のインタビューを想定した仮想的な対話を実施。
※シンセティックユーザーの生成ワークフロー
リアルユーザーの募集条件(年齢、活動内容など)をプロンプトとして入力し、条件に合致する4つのユーザープロファイルを生成。
各プロファイルになりきらせた状態で、リアルユーザーと同一のインタビューガイドに基づき、一問一答形式で発言録を生成。
リアルユーザーと同じテンプレートと分析フレームワークを用いて、発言内容を整理・分析。
結果:リアルユーザーとシンセティックユーザーの比較
分析の結果、AIが得意とすること・苦手とすることが見えてきました。
【AIが得意だったこと】
- 論理的なストーリーの再現
AIは、筋の通った一貫性のあるストーリーを構築することに長けていました。ボランティア活動における一般的な動機や障壁を適切に反映し、「いかにもこういう人がいそうだ」と感じさせる、納得感のある人物像を描き出しました。 - 仮説生成
潜在的なUX上の課題やペインポイントを提示する能力は、想像以上に有用でした。リサーチの初期段階で、検証すべき仮説を立てる上で大いに役立つと考えられます。 - 一貫したペルソナの維持
一度ペルソナを定義すると、対話の最後までそのキャラクター設定を一貫して保ち続けました。これにより、特定のユーザータイプに絞った深掘りが可能です。 - 迅速性と効率性
言うまでもなく、リクルーティングやスケジュール調整が不要で、リアルタイムで回答が得られる点は、リサーチプロセスを大幅に効率化する大きなメリットです。
【AIが苦手だったこと】
- 感情の深みや揺らぎの欠如
人間は対話の中で考えを巡らせ、時に感情が揺れ動くものです。しかし、AIの回答には、ためらいや内面的な葛藤、ふとした瞬間に見せる感情の変化といった人間らしさが欠けていました。 - 抽象的で理想化されたエピソード
AIが語るエピソードは、どこか洗練されすぎている傾向がありました。実体験にありがちな些細な困難やネガティブな感情が省略されがちで、生々しい体験談というよりは「綺麗に要約されたレポート」のような印象を受けました。
ユーザージャーニーの比較から見えた「思考プロセス」の違い
次に、ボランティア活動に参加するまでのユーザージャーニーを比較したところ、興味深い違いが浮かび上がりました。
リアルユーザーのジャーニー
友人や地域コミュニティとの繋がりを通じてボランティアの存在を知り、「本当に自分にできるだろうか」「その場にうまく馴染めるだろうか」といった感情的な不安を抱えながら、一歩を踏み出していました。そして、実際の活動を経験する中で、その不安が少しずつ解消されていくというプロセスが特徴的でした。
シンセティックユーザーのジャーニー
もともとボランティア活動への関心が高く、自ら能動的に情報を収集します。事前の下調べを十分に行った上で参加を申し込み、その過程における「手続きの煩雑さ」などが主なペインポイントとして挙げられました。
この違いは、以下の比較表からも見て取れます。
| リアルユーザーの体験 | シンセティックユーザーの体験 | |
| 認知 | 友人や地域コミュニティから情報を得る 信頼性への不安や、活動の裏目的を疑う気持ち オンラインでの情報が少ないと感じる | Web検索やボランティアセンターで情報を発見 もともと活動への関心が高い 情報が一部曖昧で、他と比較しづらいと感じる |
| 関心 検討 | YouTubeやSNS、個人のブログで実体験を検索 活動の場に馴染めるかという対人関係への不安 Webサイトの情報が古い、または不明確だと感じる | 公式サイトのブログ記事やFAQを閲覧 軽度の不安を感じるが、すぐに解消される 申し込みフォームのUIが堅苦しいと感じる |
この比較は、リサーチャーとして非常に興味深いものでした。わかるのは、リアルユーザーが「気持ち」や「人との関係」を重視して動くのに対し、シンセティックユーザーは「目的」や「効率」を重視して動く、という本質的な違いです。
リアルユーザーの行動は、不安や期待といった感情、そして周囲の人々との関わり合いの中で形作られていました。一方でシンセティックユーザーは、まるでタスクをこなすかのように、計画的・合理的に行動する傾向があったのです。
この違いは、サービスをデザインする上で重要なヒントとなります。シンセティックユーザーは「情報を集め、比較検討し、申し込む」といった合理的なユーザー像のシミュレーションには役立ちます。しかし、口コミで心が動いたり、友人に誘われて一歩踏み出したりするような、感情や人間関係が絡む複雑なシナリオを再現するには、まだ限界があると言えるでしょう。
回答の比較
次に、両グループから得られた実際の回答をいくつか比較してみましょう。並べて見ることで、シンセティックユーザーがリアルな発言をある程度再現できている一方で、インタビューで垣間見える「感情の深み」や「言葉のニュアンス」を表現しきれていないことが、より鮮明になります。
Q. どんな気持ちで初日を迎えたか

リアルユーザー (P04)
“初日はずっと緊張状態だったけど、終わってみたら楽しかった。歓迎ムードで、良い人たちだと思って会話が続いた。孫のように見てくれて、安心感があった。人と人との関わりは大事だなと感じて、安心しながら楽しく行うことができた。不安が楽しいに切り替わって次も参加しようと思った。 “
→ 感情がどう変わっていったかが、具体的なエピソードとともにリアルに語られています。

シンセティックユーザー (P07)
“とても緊張していたが、職員の方が「まずはそばにいにいるだけで大丈夫」と言ってくださって、気が楽になった。”
→ 状況と心境の変化は語られていますが、解決までのプロセスが早く、ややあっさりとした印象です。
Q. 今でもボランティアを続けている理由

リアルユーザー (P01)
“ご飯を食べられない子供たちや家庭環境が良くない子供に笑顔になってくれる時間を増やしたい。喜んでくれたり、美味しかったと言ってくれたので、それを終わらすのは申し訳ないと思った。自分の活動が途切れてしまうと、子供たちがご飯を食べられなくなるのではないか。精神的に追い詰められた子供が来てくれて、ご飯食べて会話する中でどんどん笑顔になっていく瞬間が増える。 “
→ 強い責任感や一種の罪悪感、そして喜びといった、様々な感情が複雑に混じり合った生々しい内面が伝わってきます。

シンセティックユーザー (P08)
“続けている理由は、自分の存在が必要とされているという感覚があるから。週の中で唯一、見返りを求めない時間が持てて、精神的にリセットされる。 “
→ 論理的で綺麗な回答ですが、リアルユーザーの発言にあったような、具体的なストーリーや感情の起伏が見えにくい印象です。
UXリサーチにおけるシンセティックユーザーの活用法
今回の調査から見えてきた結論は、
シンセティックユーザーは、リサーチの準備段階において非常に有効なツールであるということです。
効果的な活用シーン

仮説構築の壁打ち相手として :
「こんなユーザー像はあり得るだろうか?」「このタイプの人はどう行動するだろうか?」といった初期のアイデア出しにおいて、シンセティックユーザーは想像以上に有用でした。多様な行動パターンを短時間で探ることができ、スクリーナー設計やユーザーセグメントを検討する際の視野を広げてくれます。

リサーチ設計の事前検証に :
実際のユーザーにインタビューする前に、「この質問で本当に知りたい答えを引き出せるか?」をテストするのに役立ちます。スクリーナーの設問やインタビューガイドの表現を微調整し、リサーチの精度を高める上で非常に有効です。

シナリオのシミュレーション:
AIは、特定のペルソナになりきり、一貫性のあるロールプレイを迅速に行うことができます。これにより、想定されるユーザーフローや意思決定のプロセスを具体的にシミュレーションし、ユーザージャーニーを視覚化しやすくなります。
注意すべきシーン
一方で、以下のような場面では、シンセティックユーザーの回答を過信すべきではありません。
- 行動の真の理由を探る時:
人間の複雑な感情や、行動の背景にある本質的な動機を探る場面 - 重要な意思決定の根拠とする時:
製品開発の方向性を左右するような、重要な判断の主要な材料とすること - 文化的・社会的な文脈を理解する時:
人間関係や社会的なプレッシャーといった、目に見えない複雑な要素が絡むテーマ
このように、AIは思考を整理するための優秀な壁打ち相手ですが、インサイトの源泉は、やはり生身の人間の言葉の中にあります。 あくまでリサーチを補完し、その質を高めるための手段として、適切に使い分けることが重要です。
まとめ:AIとの協業で、リサーチをより豊かに
今回の調査を通じて、シンセティックユーザーはUXリサーチの初期段階、特にアイデアの構造化やユーザーシナリオのシミュレーションにおいて、強力なサポートツールとなり得ることが分かりました。
しかし、人の行動の奥深くにある「なぜ?」を解き明かし、共感を持って理解することは、リサーチャーにしかできない重要な役割です。ユーザーが何を感じ、どう考えているのかを本質的に理解するには、やはり本人の言葉に直接耳を傾けることに勝るものはありません。
AIの力でリサーチの土台を効率的に整え、人間ならではの深い洞察力で本質に迫る。
このハイブリッドなアプローチこそが、これからのUXリサーチをより豊かに、そしてより精度の高いものにしていくと、私は確信しています。
AI技術は、今後ますますUXリサーチにとって不可欠な存在となっていくでしょう。この記事が、皆さまにとってUXの面白さに触れるきっかけや、リサーチの新たな可能性を考えるヒントとなれば幸いです。

