じゃんけんとUX:ウィトゲンシュタインに学ぶ意味と文脈のデザイン 

哲学者ウィトゲンシュタインのイラストと「じゃんけんとUX」というタイトル。この記事を読めば、身近な「じゃんけん」をヒントに、UXリサーチで最も重要な「文脈」を読む力が身につきます。ユーザーの言葉の本当の意味を捉え、優れた体験をデザインするためのヒントが満載です。

記事の要約

  • UXでは、機能や言葉そのものよりも、それがどんな状況で使われ、どう解釈されるかが体験の質を左右します
  • ウィトゲンシュタインの視点は、同じ仕組みでも状況や文化によって意味が変わることを教えてくれます。
  • UXリサーチでは、ユーザーの発言を額面通りに受け取るのではなく、その言葉がどんな文脈で使われたのかを読み解くことが重要です

私たちはUXリサーチの現場で、日々多くのユーザーの声に向き合います。
使いやすい。安心感がある。分かりやすい。 

しかし、こうした言葉が指している内容は、いつも同じではありません。ある人は操作ステップが少ないことを使いやすいと感じ、別の人は見慣れたUIで迷わないことをそう表現します。安心感という言葉ひとつとっても、金融サービス、医療機器、自動車の車内空間では、求められるものが大きく異なります。 

20世紀を代表する哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの考え方は、こうした言葉の揺らぎを読み解き、UXを文脈の中で立ち上がる意味の設計として捉え直すための強い補助線になります。 

意味は使われ方の中にある

ウィトゲンシュタインは、言葉の意味は辞書的な定義によって決まるのではなく、実際にどんな場面で、どう使われるかによって立ち上がると考えました。彼の考えを端的に表すなら、意味とは、その言葉が言語の中でどう使われるかにある、ということです。 

彼が示した言語ゲームという考え方は、言葉の意味が生活や文化、あるいは特定の状況の中で自然に共有されていくあり方を指しています。 

この考え方を理解するうえで、じゃんけんはとても分かりやすい例です。じゃんけんは、グー、チョキ、パーという単純な仕組みを持つ遊びです。しかし、地域や場面によって、掛け声や細かなルール、あいこの扱いなどには少しずつ違いがあります。それでも、私たちは大きな混乱なく遊ぶことができます。 

それは、じゃんけんが固定された絶対的なルールだけで成立しているからではありません。その場にいる人たちの間で、いまどういうルールで遊んでいるかが共有されているからです。UXもこれと同じです。ユーザーは画面や機能を単独で評価しているのではなく、自分の目的や過去の経験、そのときの状況といった文脈を通してプロダクトを解釈しています。  

じゃんけんが教えてくれるUXの本質 

じゃんけんという遊びをUXの視点から見つめ直すと、設計に活かせる重要な点が見えてきます。 

  • 同じ仕組みでも、文脈によって意味や使われ方は変わる  
  • 少し違いがあっても、共通理解があれば体験は成立する  
  • 細かな説明がなくても、自然に理解される仕組みは強い   

デジタルプロダクトにおいても、設計側がどれほど明快な構造を作ったつもりでも、ユーザー側の文脈が異なれば、別の意味として受け取られてしまうことがあります。逆に、ユーザーの文脈に沿っていれば、多少の仕様の違いは大きなストレスにならないこともあります。重要なのは、機能そのものではなく、その機能がどんな文脈で、どう理解されるかです。 

UXリサーチで言葉の意味のズレを読む

この視点が特に重要になるのが、UXリサーチです。ユーザーの発言はすべて、特定の文脈の中から生まれます。だから、言葉だけを切り取っても、本当のインサイトにはたどり着けません。 

たとえば、ユーザーがこのアプリは使いやすいと言ったとします。その使いやすいは、何を意味しているのでしょうか。

  • 操作の手順が少なく、短時間で終わることかもしれない  
  • 見慣れたUIで戸惑わないことかもしれない  
  • 必要な情報に迷わずたどり着けることかもしれない

安心感があるという言葉も同じです。金融アプリなら信頼性や堅実さを意味するかもしれません。医療機器なら誤操作の起きにくさかもしれません。車内空間なら、刺激が強すぎず落ち着けることを指しているかもしれません。 

哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの手描き風ポートレート。無表情で前方を見つめる姿がシンプルな線画で描かれている。
「概念分析の父」と呼ばれ、20世紀を代表する哲学者。後の言語哲学・認知科学・教育理論に多大な影響を与えた。 

UXリサーチャーが向き合うべきなのは、言葉そのものではありません。その言葉が、どんな状況で、何と比較され、どのような期待のもとで発せられたのか。そうした文脈の構造を読み解くことこそが、リサーチの本質です。 

実務への適用 

 ウィトゲンシュタインの視点は、日々の実務にもそのまま活かせます。インタビュー設計では、使いやすい、安心、便利といった抽象的な言葉が出たとき、その人にとってそれが何を意味しているのかを具体的に掘り下げる必要があります。 

発言分析でも、単語の出現回数を追うだけでは不十分です。どのような流れでその言葉が出てきたのか、何と比較してそう感じたのかを見ることで、はじめて意味が見えてきます。UI評価でも同じです。設計側が意図した意味がユーザーに正しく伝わっているのか、それともユーザー側の文脈によって別の意味として受け取られているのかを確認することが重要です。 

リサーチで点検したいのは、たとえば次のような点です。 

  • その言葉は、どのような具体的な場面で発せられたか  
  • ユーザーは、自分のどんな経験と比較してそう感じたのか  
  • 設計側の意図と、ユーザーの解釈のあいだに意味のズレはないか  

ユーザーの言葉を額面通りに受け取るのではなく、その奥にある意味の構造を見ること。それが、リサーチから実務に使えるインサイトを導くための鍵になります。 

おわりに 

じゃんけんは単純な遊びですが、その中には文脈の中で意味が共有され、自然に行動が成立する仕組みがあります。UXも同じです。体験の良し悪しは、見た目や機能のスペックだけで決まるものではありません。ユーザーがその場でどう解釈し、どう意味づけるかによって、その価値は大きく変わります。 

Uismでは、ユーザーの言葉や行動を額面通りに受け取るのではなく、その背後にある文脈や意味の構造まで深く掘り下げるUXリサーチを行っています。こうした情報を、実務に活かせるインサイトとしてより深く読み解きたい方は、ぜひご相談ください。 


参考: 

  • World Rock Paper Scissors Society
  • コトバンク  
  • 「じゃんけん—東京及び周辺—」中本正智
  • HALMEKup
  • 今人舎