UXデザインやリサーチの現場において、私たちは頻繁に「時間」を扱います。カスタマージャーニーマップを描くとき、あるいは、UX白書(User Experience White Paper, Rotoら, 2011年)で提唱された「UXの期間モデル(Time Span of UX)」を参照するとき、私たちは体験を「利用前」「利用中」「利用後」といったフェーズに区切って整理します。複雑な事象を分解し、ハンドリング可能な単位にする、その手続き自体は、実務上とても有用なものです。

しかし、ここでふと立ち止まって、問い直してみたいのです。 果たして、ユーザーの意識の中で、体験は本当にこれほど綺麗に分断されているのでしょうか?
今回は、19世紀から20世紀にかけて活躍したフランスの哲学者アンリ・ベルクソンの思想、とりわけ彼の「純粋持続(Durée)」という概念を補助線に、私たちが普段切り刻んでいるUXの時間軸に、本来の生きた流れを取り戻してみたいと思います。
分析が捉える時間と体験が生きる時間
ベルクソンは、時間をあえて二つの相に分けて捉えました。「空間的時間」と「純粋持続」です。
空間的時間(時計の時間)
科学や知性が扱う時間です。 時計の針が刻む1分間のように、均質で、計測可能で、空間的に並べることができるもの。私たちがGoogle Analyticsなどのツールで目にする「平均滞在時間:3分15秒」などは、まさにこの時間の標本といえます。
純粋持続(意識の時間)
私たちが生きて感じている時間です。 楽しい時間は一瞬で溶け、退屈な時間は永遠に凝固するかのように感じる。過去は現在に浸透し、未来へと雪だるま式に転がっていく。そこには、明確な区切り線など存在しません。
分析ツールで可視化できるのは、前者の標本として固定された時間に過ぎません。しかし、ユーザーが体験しているのは、過去も未来も溶け合った生きた流れそのものなのです。
「予期」と「操作」は切り離せない
ベルクソンは、この持続の性質をメロディに例えました。メロディにおいて、前の音は消え去るのではなく、残響として次の音に溶け込み、全体として一つの不可分な流れを作ります。音符を一つひとつハサミで切り離せば、それはもはや音楽ではありません。
この視点に立つと、教科書的なUXモデルを形式的に当てはめるだけでは、見落としてしまうものがあることに気づかされます。ユーザーの意識の中では、「予期的UX」と「一時的UX」の境界線は、実は私たちが考える以上に曖昧に溶け合っているのです。利用前のワクワク感という過去の音色は、利用中の操作体験に深く浸透しています。 高い期待があるからこそ、些細なUIの不備が許容できないノイズとして響くことがあります。逆に、期待値のチューニングが合っていれば、同じ操作負荷でも心地よい和音として成立するかもしれません。
私たちはつい「利用中」の画面改修に躍起になりがちですが、実は「過去の音が、現在の音色を決めている」という事実に無自覚であることが多いのです。
実例:店舗体験というメロディ
以前、店舗体験を調査した際、興味深い現象が見られました。来店前のWeb広告やクチコミ、店頭のサイネージが生む予感。これが、実際の接客や香りの体験と混ざり合い、独自の和音を奏でていたのです。 「自然派で上質」という予感を持ったユーザーは、スタッフの丁寧な言葉遣いに触れた瞬間、その期待を確信へと共鳴させていました。
その逆もまた然りです。接客の温度感が予感をわずかでも下回れば、それは単なるミスではなく「裏切り」という名の不協和音として記憶に刻まれます。 個別のフェーズを評価しても見えてこない、文脈の響き合いこそがUXの正体だと言えるでしょう。
その一瞬の判断に、全履歴がのしかかる
ベルクソンは記憶について、「雪だるま」の比喩も残しています。 過去は過ぎ去るのではなく、現在に巻き込まれながら蓄積し続けていくものです。これをUX文脈で読み解けば、「累積的UX」とは単なる過去の平均点ではありません。「重み付きの履歴」といえます。
長年愛用し、信頼という巨大な雪だるまを作っているサービスなら、一度や二度のエラーは吸収されます。 しかし、不信感が芯にある雪だるまでは、どんなに魅力的な新機能を実装しても、ユーザーの心を動かすことは難しいでしょう。仮に一見、信頼されているように見えても、それがうわべだけのものであれば、ほんの些細なきっかけで崩れ去ってしまいます。ユーザーが離脱すると決めるその一瞬の指先には、実はそのユーザーが積み上げてきた時間の全質量がのしかかっているのです。
数値に出ない「行間」に耳を澄ませる
対象を外側から分解するのが「分析(知性)」だとすれば、対象の内部に入り込み、その流れに同調するのが「直観」であるとし、ベルクソンは後者の重要性を説きました。私たちUXリサーチャーの仕事も、まさにこの「直観」への挑戦ではないでしょうか。
数値データは結果という点を打つことはできます。しかし、なぜそうなったのかという線までは見せてくれません。 行動観察やインタビューといった定性調査は、ユーザーという他者の持続に飛び込み、数値には表れない感情の強度や、文脈の重みを共感的に捉えるための営みです。直観で捉え、仮説で形にし、分析で検証する。この回路が回って初めて、私たちはユーザーの時間を本当に理解したと言えるのかもしれません。
終わりに
UXとは、箱を並べる作業ではなく、ユーザーという一つの生命が奏でるメロディの設計です。そのメロディが美しく響くように、私たちは期待・操作・記憶のすべてが重なり合う体験の質に耳を澄まし、静かな違和感や、言語にならない満足感を拾い上げていく必要があります。
貴社のプロダクト・サービスは、ユーザーの記憶にどのような重みを残しているでしょうか。
私たちUismは、行動観察やデプスインタビューを通じて、その体験の「質」を客観的に評価・分析いたします。 ユーザーの時間を深く理解し、より良い体験設計へと繋げるパートナーとして、ぜひお気軽にご相談ください。
【参考文献】
- UXの期間モデルについて
UX白書(日本語訳版)(原著:User Experience White Paper, 2011) (外部リンク)

