「やさしさ」のその先へ:高齢者UXがデザインすべきは“誇り”である 

自宅のリビングで、穏やかな笑みを浮かべてスマートフォンを操作する高齢女性。「自分の力でできた」という自信や誇りを感じさせる、理想的なUX体験を象徴している。

ある日、ユーザーテストの現場で、70代の女性がある操作を終えた瞬間に、ふと笑顔を見せてこう言いました。 

「これ、わたしにもできるんだね」 

その声はほんの少し誇らしげで、そこには安堵と驚き、そして自分自身への小さな肯定感が込められていました。私たちはその瞬間、機能の正しさでも、UIの使いやすさでもなく、誇りが守られた体験に立ち会ったのだと直感的に理解しました。 

UXとは、単に操作を達成できるかどうかではなく、その人が自分の力で何かを成し遂げたと感じられるかという尊厳の手触りに関わる営みなのです。 

高齢者UXは、もはや「やさしさ」の話ではない 

日本は今、世界でも類を見ないほどの超高齢社会に突入しています。65歳以上の人口はすでに全体の3割を超え、街の風景も、制度も、暮らしの設計図そのものが高齢者を中心とした社会になりつつあります。その一方で、高齢者の生活にも確かな変化が起きています。80代のスマートフォン保有率は6割を超え、行政手続きや金融サービス、買い物、医療、娯楽に至るまで、あらゆる場面がデジタルであることを前提とした設計に変わり始めています。こうした構造的・文化的な転換は、数字を見れば一目瞭然です。 

しかし、私たちUXリサーチャーが日々直面しているのは、データの行間にあるもう一つの現実、 

それは、空気

分からないと言いづらい空気。恥をかきたくないと身構える空気。 教えてもらう側になることに、ほんの少しの抵抗を覚える空気。この空気は、単なる技術的な使いやすさとは異なるところで、高齢者ユーザーの行動を静かに制限しています。そしてUXとは、そうした目に見えない空気を読み取り、設計の力で少しずつ、やわらかく変えていく営みなのです。 

UXの本質は「助けること」ではない 

高齢者UXと聞くと、多くの人は手助けが必要な人への親切な設計をイメージするかもしれません。けれど、あえて問いたいのです。UXが目指すべき場所は、本当にそこなのでしょうか。ひとくちにやさしさといっても、そのあり方はひとつではありません。 目の前の障害物を取り除いてあげることもやさしさなら、その人が自力で乗り越えられるよう、そっと足場を整えることもまた、別のかたちのやさしさです。 

私たちが大切にしたいのは後者です。自分にもできたという確かな実感が、人の誇りや尊厳を守るからです。これは単なる機能的なサポートを超えた、成熟した大人に対する信頼の証といえるでしょう。目指すべきは、助けられたという安堵よりも、自分の力で成し遂げたという自信を届けること。 本人ですら忘れていた力を、デザインによって静かに引き出す。それこそが、私たちの考えるUXです。 

私ができないのではない。「できなさを晒したくない」のだ 

私たちが向き合っている課題の本質は、しばしばできないことそのものではなく、できない自分を見せることへの恐れです。たとえば、ボタンが小さいから使えないというのは表面的な問題です。本質的には、間違えて誰かに迷惑をかけたらどうしよう、理解できない自分を恥ずかしいと思いたくない、といった情緒的な傷つきへの防衛反応が背景にあります。 

だからこそ、設計には心理的な安心感が必要です。間違えても戻れるUndo設計は、操作の自由度だけでなく、失敗がなかったことにできる安心感を提供します。「この操作で料金は発生しません」といった文言は、疑心暗鬼を未然に防ぎます。操作が成功したとき、静かにその達成感を肯定してくれるフィードバックも、子どものように扱われるのではなくひとりの大人への尊重として機能します。つまり、求められているのはやさしさではなく、傷つかないでいられる環境なのです。 

高齢者は、ラベルではなく「ひとりの物語」 

高齢者という言葉は、便宜的なラベルでしかありません。75歳といっても、その中には毎日孫とLINEをしている人もいれば、引退後に料理を覚えたばかりの人も、現役で執筆活動を続ける作家もいます。大切なのは年齢ではなく、その人がどんな日常を生き、何に意味を見出しているのかということ。私たちがデザインすべきは年齢に合ったものではなく、その人の人生の文脈にフィットする体験です。 

高齢者調査とは、言葉にならないものを聴くこと 

高齢者とのインタビューや観察では、ときに沈黙が長引いたり、やりとりが噛み合わなかったりすることがあります。しかし、それは分かっていないからだけではありません。 多くの場合、それはまだ言葉になっていないだけです。なぜ今、指が止まったのか。その表情の曇りは、不安か、混乱か、それとも期待か。これでいいのかなというつぶやきの奥にある怖さとは何か。 

そのまだ言葉になっていない感情を、観察を通じて読み取り、言語化していく。 それが、私たちUXリサーチャーの仕事です。 

都会の雑踏の中、一人たたずむ高齢女性の後ろ姿。速い時の流れや社会の変化から取り残されたような孤独感や戸惑いを表現している。

「あきらめる」から「選べる」へ。インクルーシブデザインの本質 

年齢を重ね、視力が弱くなったとき。もし情報の取得手段が読むことしかなければ、その人はそのサービスをあきらめるしかありません。 けれども、そこで耳で聞く選択肢が用意されていたらどうでしょう。声で操作する手段があったならどうでしょう。ユーザーにとって重要なのは、自分で選べることです。 

この方法しかないという設計は、できない自分を突きつける構造です。一方、自分に合ったやり方を選べる環境は、コントロール感と自尊心を取り戻させます。インクルーシブデザインとは、単なるアクセシビリティの拡充ではありません。それは、自分らしいやり方で世界と関われる自由を設計すること。その自由こそが、誇れる体験の本質なのです。 

UXとは、生き方を支える設計である 

高齢者UXを考えることは、決してやさしいことだけを目指すのではありません。それは、その人が自分でできたと思える体験をどれだけ増やせるかという挑戦です。使いやすいデジタルサービスは、高齢者の社会的な孤立を防ぎ、健康寿命を延ばし、生涯にわたる学習や社会参加を促す力を持っています。その実感の積み重ねが日常の自信となり、誰もが年齢を重ねても尊厳を保ち、豊かに暮らせる社会の基盤となるのです。UXとは、そうした生き方を支える設計でもあります。 

さらに未来に目を向ければ、AI技術がこの分野に革命をもたらす可能性も見えてきます。音声だけで複雑な予約が完了するバーチャルアシスタントや、一人ひとりの理解度に合わせて対話してくれるAIは、これまで述べてきた身体的・認知的なハードルを劇的に下げるかもしれません。 

しかし、ここで忘れてはならないのは、AIは魔法の杖ではないということです。 AIがどれだけ賢くなっても、「どんな言葉で伝えればユーザーは安心するのか」「どこで尊厳が傷つけられるのか」といった問いへの答えは、生身の人間理解の中にしかありません。最先端のテクノロジーでさえも、私たちが議論してきた人間理解という土台の上でこそ、その真価を発揮するのです。 

Uismからのご提案 

この社会的意義の大きな取り組みは、同時に、貴社のビジネスを成長させる大きなチャンスでもあります。私たちUismは、使いやすさを超えた体験設計を探求し続けてきました。 

  • 高齢者との丁寧なインタビューと観察 
  • 誇りや自尊感情といった非機能的要素への着目
  • 言葉にならない行動の背後にある感情を読み解く技術 

もし、「何から始めればいいかわからない」「自社のユーザー層について、より深く、客観的に分析したい」とお考えでしたら、ぜひ私たちUismにご相談ください。私たちUXリサーチの専門家は、ファインディングスの報告に留まりません。その奥にある本質的なインサイトを導き出し、貴社のビジネス課題解決に直結する具体的な改善提案まで、一貫してサポートいたします。 


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