ルソー「エミール」に学ぶオンボーディングUX 

18世紀の哲学者ジャン=ジャック・ルソーがスマートフォンを操作しているペン画。古典的な思想と現代のテクノロジー(UX)が結びつく、この記事のテーマを象徴しています。

アプリを開いた瞬間、画面が暗転し、矢印だらけのツアーが始まる。「ここを押してください」、「次はこれです」。そんな案内が続くなかで、私たちは無意識にスキップボタンを探し、結局ほとんど何も覚えないままツアーを終えてしまいます。 

良かれと思って実装された親切なガイドが、なぜ時にユーザーの気持ちを遠ざけてしまうのか。そのヒントは、18世紀の哲学者ジャン=ジャック・ルソーの著書『エミール』の中にあります。この記事では、ルソーが提唱した消極的教育という視点を補助線にしながら、親切に教える設計とは少し異なる、ユーザーを熟達へ導くもうひとつのアプローチを考えてみます。 

「教える」ことのパラドックス:なぜ説明が逆効果になるのか 

ルソーは教育において、教師が過度に口を出すことを戒めました。 

にこやかに微笑む哲学者ルソーのスケッチ風イラスト。ユーザーの自ら学ぶ力を信じるという、記事の温かいメッセージを表現しています。

「教訓を口で与えてはいけない。経験によって与えるべきだ。」 

にこやかに微笑む哲学者ルソーのスケッチ風イラスト。ユーザーの自ら学ぶ力を信じるという、記事の温かいメッセージを表現しています。

「教訓を口で与えてはいけない。経験によって与えるべきだ。」 

現代のオンボーディングUXの多くは、ユーザーを迷わせないよう丁寧に設計されています。しかし、それが一歩行き過ぎると、ルソーが懸念した詰め込み教育に近い状態になってしまうことがあります。文脈のない機能説明を一方的に流し込んでも、ユーザーの頭にはほとんど残らず、そのまま素通りしてしまうことがあるのです。 

これは学習心理学における認知負荷理論でも説明できます。人間のワーキングメモリ、つまり短期記憶の容量は限られており、操作と結びつかない説明を一度に詰め込まれると、脳は処理しきれなくなります。皮肉なことに、丁寧に教えようとするほど、かえって理解を妨げてしまう。そのジレンマがここにあります。 

最良のUXは、少し消極的なくらいでいいのかもしれない 

では、デザイナーは何もしないほうがよいのでしょうか。ここで参照したいのが、ルソーのいう消極的教育です。 

 

「初期の教育は、すべて消極的であるべきだ。それは美徳や真理を教えることではなく、心を悪徳から、精神を誤りから守ることにある。」 

にこやかに微笑む哲学者ルソーのスケッチ風イラスト。ユーザーの自ら学ぶ力を信じるという、記事の温かいメッセージを表現しています。

「初期の教育は、すべて消極的であるべきだ。それは美徳や真理を教えることではなく、心を悪徳から、精神を誤りから守ることにある。」 

これをUXに置き換えるなら、正解を細かく教える設計だけでなく、ユーザーが誤った道に入りにくいようにUIや環境を整え、見守る視点も必要だということです。ルソー的なデザイナーは前に出て指示を出すのではなく、黒子に徹します。ここを押してくださいと案内する代わりに、ユーザーが自然とそこに手を伸ばしたくなるようなアフォーダンスを配置するのです。たとえば、入力が終わったあとに視線が自然と次の行動へ向かうよう、要素の位置や流れを整えておく。そうした設計も、その一つです。 

ルソーはこうも述べています。 

「彼がつねに自分の思い通りにしていると思わせておきながら、じつはあなたの思い通りになっているようにせよ。」 

にこやかに微笑む哲学者ルソーのスケッチ風イラスト。ユーザーの自ら学ぶ力を信じるという、記事の温かいメッセージを表現しています。

「彼がつねに自分の思い通りにしていると思わせておきながら、じつはあなたの思い通りになっているようにせよ。」 

もちろん、これを現代のUXでそのまま操作と捉えるべきではありません。ここで大事なのは、ユーザーの自由を奪わずに、自然に理解と行動を促すことです。自分で見つけた、自分でわかった、と感じられること。その感覚こそが、次に述べるモチベーションの鍵になります。 

自律性をデザインする:自己決定理論の視点から 

なぜ、教えすぎないアプローチが有効な場合があるのでしょうか。 

その理由は、モチベーション研究の基礎である自己決定理論からも見えてきます。人が内発的に動機づけられるためには、次の3つの要素が必要だとされています。 

自己決定理論における内発的動機づけの三要素を示す図です。「自律性」「有能感」「関係性」の3つの円が重なり、中心に「内発的動機づけ」が生まれることを示しています。

自律性: 自分の意志で行動している感覚 

有能感: 自分はできるという感覚 

関係性: 誰かや何かとつながっている感覚 

強制されているように感じるチュートリアルは、ときにユーザーから自律性を奪ってしまいます。やらされていると感じた瞬間、学習意欲が下がってしまうこともあります。一方、ルソー的なアプローチでは、ユーザーは試行錯誤のなかで、こうすれば動くのかと自分で気づきます。このとき、心理学でいう生成効果、つまり人から教わるよりも自分で生み出した情報のほうが記憶に残りやすいという現象が働きます。 

そして何より、自分で発見できたという事実は、ユーザーに強い有能感を与えます。説明されなくても使いこなせる自分を感じられること。それこそが、信頼という雪だるまを転がし始める最初の一押しになるのではないでしょうか。 

ただし、すべてのプロダクトで説明を減らせばよいわけではありません。失敗のコストが高い操作や、初回でつまずくと大きな不利益が生じる体験では、明示的なガイドが必要です。重要なのは、何を説明し、何を体験のなかで学べるようにするかを見極めることです。 

時間を失う勇気を持つ 

今のUXトレンドは、Time to Value、つまり価値に届くまでの時間をいかに短縮するかに強く向かっています。もちろん、それは重要です。 

ただ、ルソーはここで逆説的な視点を投げかけます。 

「もっとも重要でもっとも有益なルールは、時間を稼ぐことではなく、時間を失うことだ。」 

にこやかに微笑む哲学者ルソーのスケッチ風イラスト。ユーザーの自ら学ぶ力を信じるという、記事の温かいメッセージを表現しています。

「もっとも重要でもっとも有益なルールは、時間を稼ぐことではなく、時間を失うことだ。」 

最初からショートカットや効率的な正解を与えすぎることが、必ずしも正解とは限りません。ユーザーにあえて試行錯誤する時間を与えること、つまり時間を失うことにも価値があるはずです。ここでいう時間を失うとは、無駄な操作を増やすことではありません。ユーザーがツールに触れながら理解を深め、自分なりの使い方をつかむための時間を、あえて急がせすぎないということです。自分で触り、間違え、やり直す。その少し泥臭い時間のなかでこそ、ユーザーはツールの手触りをつかみ、自分なりのメンタルモデルを築いていきます。与えられた知識だけでは脆く、時間をかけて積み上げた経験こそが、揺るぎない理解につながります。 

ユーザーを信じて任せる設計へ 

説明しないと、ユーザーは分からないのではないか。そう不安になるのは当然です。しかし、それはもしかすると、作り手がユーザーの知性や学ぶ力を十分に信じ切れていないことの裏返しかもしれません。ルソーは、人間が本来持っている、自ら学ぶ力を信じました。私たちも、ユーザーの力をもう少し信じてみてもよいのではないでしょうか。 

あなたのプロダクトは、ユーザーを手取り足取り教わらなければ動けない存在として扱っていないでしょうか。それとも、自らの足で歩き、発見し、成長できる主体のための余白を残しているでしょうか。 

教えないことで学ばせる。このルソーのパラドックスは、オンボーディングを見直すうえで、今なお有効な視点です。オンボーディングとは、説明を増やすことではなく、ユーザーが自分で理解できる環境を設計することでもある。その発想こそが、AI時代の複雑なツールを、自分の手足のように感じさせるUXにつながるのかもしれません。 

ユーザーを信じるUXへ。まずはUX調査を通じて、今のオンボーディングが本当にユーザーの理解を支えているのかを見直してみることもひとつの方法です。Uismでは、ユーザーがどこで迷い、どこで自分なりの理解を築けているのかを捉えながら、学習のつまずきと可能性を可視化しています。課題や悩みがあれば、ぜひご相談ください。 


参考文献 

  • ジャン=ジャック・ルソー『エミール』(岩波文庫ほか) 
  • Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. (自己決定理論に関する原著) 

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