掃除機ロボットのルンバで知られるiRobot社が経営危機にあるという噂は以前からありましたが、ついに2025年12月14日、米連邦破産法11条の適用申請という現実を迎えました。 ロボット掃除機市場をゼロから創ったパイオニアは、なぜ後発の中国勢にその座を明け渡すことになったのでしょうか。
この敗因を考えるとき、ダーウィンと並ぶ進化論の巨人、アルフレッド・ラッセル・ウォレスの言葉とされる一節が深く突き刺さります。
変化できる者だけが生き残る
「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。」
進化論の精神を表す言葉として知られるこのフレーズ(出典には諸説あり)は、ビジネスの世界でも残酷なまでに的を射ています。
ルンバは間違いなく最強でした。特許技術、圧倒的な吸引力、頑丈なボディ。彼らは実直に、より強い掃除機を作り続けました。 しかし、市場という環境は変化していました。最強の製品であっても、環境やユーザーニーズの変化に適応できなければ淘汰される。今回のニュースは、まさにこの警句通りの結末と言えます。
全自動ドックだけが敗因だったのか?
象徴的なのは全自動ドック(メンテナンスフリー化)への対応の遅れですが、ルンバの失速要因はそれだけではありません。 業界では、複合的な要因による構造的な敗北と見られています。
- 価格競争力の低下:
RoborockやDreameなどの中国勢は、同等以上の性能をより安価に提供し、価格対機能のバランスを崩しました。ルンバのプレミアム価格が正当性を失った瞬間です。 - ソフトウェアUXでの遅れ:
アプリの使い勝手やマッピング速度(LiDAR非搭載などのハード制限を含め)においても、ユーザー評価は競合に軍配が上がっていました。頭の良さを感じさせる体験において、後れを取っていたのです。 - 道具から生活アシスタントへの進化:
競合は水拭きや見守り機能を統合し、単なる掃除機から生活に溶け込むアシスタントへと価値を変えました。ルンバはこの体験の再定義に出遅れました。 - ブランドの足かせ:
ルンバ=お掃除ロボットという強固なブランドが、逆に掃除機以上のものへの進化を妨げたという皮肉な見方もあります。
これらが絡み合い、結果としてユーザーが感じる価値とのズレが決定的なものとなりました。
なぜ王者は変化を見誤ったのか
この状況は、以前当ブログで取り上げたハイデガーの道具的存在の話そのものです。
ハイデガーは、優れた道具は使い手の意識から消え(=透明になり)、身体の一部になると説きました。 競合メーカーは全自動化によってロボットを限りなく透明に近づけましたが、ルンバは高機能ゆえに手入れが必要で、ユーザーにとって意識させられる異物であり続けてしまった。 この違いこそが、ユーザーが離れていった本質的な理由なのかもしれません。
変化を捉え続けるための解
ルンバの事例が突きつけるのは、ユーザーニーズは常に移動し続けるターゲットであるという事実です。 かつての正解である吸引力が、時を経て不正解(過剰品質)になり、新たな正解であるメンテナンスフリーが生まれる。市場もライフスタイルも、生き物のように刻々と変化します。
この兆候は、会議室や売上データの中にはありません。ユーザーの生活現場というカオスの中に潜んでいます。だからこそ、変化を捉えるためのユーザー調査が不可欠なのです。
変化の兆候を掴む3つのアプローチ
では、具体的にどうすればいいのか。アプローチに絶対の正解はありませんが、ユーザーと製品の間に生まれるズレに気づくために、私たちは状況に応じたさまざまな手法を活用しています。
ここでは、これまでに紹介してきた3つの視点をご紹介します。
1. 言葉と行動のギャップを見る(行動観察):
アンケートで「吸引力が欲しい」と答えたユーザーも、実際の現場ではゴミ捨ての瞬間に嫌な顔をしているかもしれない。 言葉にされない行動の真実の中にこそ、イノベーションの種が隠れています。
2. 点ではなく線で時間を追う(日記調査):
家電は一度使って終わりではありません。最初は満足していたが、1ヶ月後にはメンテナンスが面倒で使わなくなったといった感情の変化は、長期的な記録からしか見えてきません。生活の文脈(Context)を時間軸で捉える視点です。
3. 機能ではなく体験をテストする(ユーザビリティテスト):
製品が動くかどうかではなく、それを使って心地よく暮らせるかを検証します。 ルンバも、掃除性能だけでなく日々のメンテナンスを含めた生活体験をテストしていれば、もっと早く手間の削減に舵を切れていたかもしれません。
UXリサーチは0→1の魔法ではない
誤解してはいけないのは、リサーチは0から1を生み出す魔法でもなければ、一度やれば済む健康診断でもない、ということです。iPhoneのような発明は、ユーザーに聞いても出てきません。また、今日得た正解が、1年後も正解である保証はどこにもありません。なぜなら、前述の通り環境(ニーズ)は常に変化し続けているからです。
重要なのは、その変化に合わせて軌道修正し続けること。 0→1は難しくとも、変化に合わせて「昨日より良い1.1」を積み重ねていくことです。ウォレスの警句が示す通り、生き残る条件は適応です。だからこそ、私たちに求められるのは、その変化に合わせて軌道修正し続ける姿勢なのです。
最後に:今、どんな環境変化を見逃していませんか?
私たちは、ユーザーの暮らしの変化を丁寧に捉えることで、プロダクトやサービスの進化を支援しています。「自社の製品や戦略は、いま本当にユーザーにフィットしているのか?」 「競合との違いはスペックではなく体験にあるのでは?」
そんな問いを感じている方は、ぜひ一度Uismまでご相談ください。





