ろう・難聴の方が集うバーで学んだ、アクセシビリティとUXデザイン 

記事の要約

  • 著者は、聴覚障害者が集まるバーを訪れ、アクセシビリティとインクルーシブデザインの観点から空間やサービスを観察した。 
  • 明るい照明、視覚的に分かりやすいメニュー、ホワイトボードの活用、スタッフの対応などから、Bar Selfが当事者のニーズに根ざした包括的なサービスを実践していることが分かる。 
  • 支援ツールは万能ではなく、実際の利用環境やユーザーの状況に応じて、思わぬ課題が生じることがある。 
  • アクセシブルなサービスは、ツールだけでなく、スタッフの行動、トレーニング、そして当事者視点に基づく継続的な改善によって成り立つ。 
東京にある手話べりバーSELFのモノクロのロゴ。

日本に来てから10年近く、私はこの国のバー文化にすっかり魅了されてきました。なかでも「スナック」と呼ばれる場所には、アットホームで温かい雰囲気があります。何度か通ううちに、自然と名前を覚えてもらえる。そんな親しみやすさが魅力です。 

最近、聴覚障害のある方々が集まるバーの存在を知りました。その名は「手話べりバーSELF」。どのような空間で、そこでどのような体験が生まれているのかを自分の目で見て学びたいと思い、東京・上野にあるそのバーを訪れました。 

今回は、その体験を通じて考えたことを少しお話ししたいと思います。  

馴染みのないコミュニティに入る前に 

聴覚障害のない私が、いわば外部の人間として、招待や事前連絡なしにそのような空間へ入っていくことは、場合によっては無神経で失礼にあたるかもしれません。 

Bar Selfでは、週に数回、手話を使うお客様向けの時間帯が設けられています。私は事前にSNSでスケジュールを確認し、訪問してもよいか確認を取りました。それでも、聴覚障害のある方々と同じ空間で過ごすにあたり、誰かを不快にさせたり、自分自身や会社に恥をかかせたりしないよう、訪問前にいくつかの心構えを整理しました。 

訪問前の心構え 

お酒を飲みに来ている一人のお客様であるということ。


コミュニケーションに必要な範囲を超えて、その人の障害について尋ねる必要はありません。普段行くバーで他のお客様と接するのと同じように、相手への配慮を持つこと。そして、適切な言葉遣いや避けるべき表現を理解していれば、過度に「特別扱い」する必要はないと考えました。 

必要に応じて文字起こしアプリを準備しておくこと。


私が選んだ「UDトーク」は無料で使いやすく、通常の会話スピードでも比較的正確に文字起こしができます。また、聴覚障害のある方の中には読唇ができる方もいるため、口元を隠したり、食事をしながら話したりするなど、唇の動きを読み取りにくくする行動は意識的に避けるようにしまし

自分の意図をきちんと伝えること


 なぜ自分がそこにいるのかを聞かれたら、自分の関心や仕事について正直に伝え、自分がどのような立場で訪れているのかを知ってもらう。特に、悪意ある接触に対してより慎重にならざるを得ないマイノリティのコミュニティに対しては、意図を隠す理由はありません。 

相手と関わる姿勢そのものを大切にすること。


完璧に振る舞うことよりも、真摯に学ぼうとする姿勢が大事だと思いました。もし何か指摘を受けたら素直に受け止め、次に同じことを繰り返さないようにする。それもまた、学びの一部です。 

この心構えは、アクセシビリティや障害に関する自身のこれまでの知識とリサーチ、そしてUismが普段の調査の中で参加者に安心してもらい、率直な意見を引き出すために用いているモデレーションの考え方に基づいています。 

エスノグラフィ調査と同様に、大切なのは、相手に敬意を払い、配慮を持ち、安心して自然に過ごせる環境を邪魔しないことです。この4つのポイントを心に留めながら、私は上野へ向かいました。 

バーでの実体験 

最初に驚いたのは、一見すると、普段自分が訪れるバーと大きく変わらなかったことです。私が訪れた日は手話専用の日ではなかったため、シフトに入っていた3名のバーテンダーは、聴覚障害のあるスタッフではなく、手話で接客するスタッフでもありませんでした。 

一見すると、そのバーは他のバーと大きく変わりません。しかし、よく観察してみると、ろう・難聴の方にとって利用しやすい工夫がいくつもあることに気づきました。 

明るく照明されたバーの店内で、バーテンダーが見やすく陳列された酒類の前に立っている。
店内の構造

まず、店内は非常に明るく照らされていました。カウンターはU字型で、3名のスタッフが全体を見渡しやすい構造になっています。このような視認性は、聴覚に困難のある方にとって非常に重要です。会話の理解だけでなく、サービスを受ける上でも欠かせません。聴覚障害に加えて発話が難しい方の場合は、スタッフの注意を引くことが難しい場合があります。明るい照明とスタッフ配置は、誰にとっても公平なサービスにつながっているように感じました。 

メニューの工夫

また、メニューやお酒の見せ方も視覚的に分かりやすいと感じました。ボトルの説明には写真が添えられ、すべてのお酒が見やすく並べられていました。隠れているものはなく、何があるのか一目で分かります。とてもシンプルなことですが、視覚的な情報を明確にすることは、サービスの受けやすさと顧客体験の質を大きく高めます。 

ホワイトボード・マーカー

そして最も印象的だったのが、壁に掛けられたホワイトボードとマーカーのセットでした。 

このアナログなコミュニケーションツールは一見すると少し珍しく見えます。しかしよく考えてみると、スマートフォンに文字を打って見せるよりも、ホワイトボードにはいくつものメリットがあることに気づきました。  

  • まずは、そのサイズです。お客様の中には年配の方も多く、スタッフの一人も年配の方でした。何人かは眼鏡をかけていたり、スマートフォンを見るたびに眼鏡をかけ直していたりしました。聴覚だけでなく視覚にも困難がある方にとっては、スマートフォンの画面以上に、大きく見やすい表示が必要になることがあります。
  • スマートフォンが個人的なデバイスであることも忘れてはいけません。個人情報が入った端末を他人に見せたり、やり取りのために共有したりすることに抵抗がある方もいるでしょう。その点、ホワイトボードは誰のものでもなく、その場で共有できるコミュニケーションツールです。 
  • もう一つ意外だったのは、ホワイトボードはアナログでありながら、速いコミュニケーションツールにもなり得ることです。実際に、お客様とバーテンダーがボードを使ってやり取りしている場面を見ました。一人が書いている間、もう一人はそれをリアルタイムで読み、すぐに反応の準備をしていました。 

ホワイトボードは、個人のアクセシビリティを支えるだけでなく、空間における共有のコミュニケーション面として機能していました。他の人にも見え、やり取りに参加しやすくなり、孤立感を減らし、会話に共同性を生み出します。結果として、他のバーで自然に行われる会話に近い「機能的な等価性」が生まれているように感じました。 

このようにBar Selfは、単にバリアを取り除いているだけではありません。お客様にとって、居心地のよい空間をデザインすることに成功しているのだと思います。 

アクセシビリティはツールだけでは成立しない 

日本でスナックバーが成功する鍵は、スタッフにあります。バーテンダーはお客様と会話を重ね、ときには一緒にお酒を飲みながら場を盛り上げます。そのため、このような場におけるアクセシビリティは、ツールだけでなく、スタッフの行動やトレーニングにも大きく左右されます。 

それを強く感じるきっかけとなったのが、一人の新人バーテンダーの対応でした。 

2人のお客様が来店した際、一人は補聴器を使いながら話し、同時に、聴覚障害があり発話しないパートナーに手話で内容を伝えていました。バーテンダーの対応は、とても自然かつ適切でした。 

話せる方だけに向かって会話するのではなく、発話しない方にも直接目を向け、必要に応じて通訳を介しながら話しかけていました。また、3人の間でホワイトボードを使いながら、全員が会話に参加できるようにしていました。そのやり取りは、楽しく、自然なものでした。 

この場面から示唆されるのは、アクセシブルなサービスは、支援機器を置くだけでは実現しないということです。実際に関わるスタッフが、その場でどのように振る舞うか。どのような支援の方法を日常的に使えるか。そこには、運用上の学習やトレーニングが必要です。

理論と実践における支援ツール 

早速、事前に用意していたUDトークを使って、私もお客様のペアと会話をしてみることにしました。

理論

UDトークは、自動音声認識による文字起こしや翻訳ができるアプリで、精度や音声を拾う力に優れています。私自身、以前ライブミーティングで使用したことがあり、とても便利だと感じていました。 

実践

しかし、その強みは、このバーの環境ではうまく発揮されませんでした。私が話すと、アプリはうまく文字起こししてくれました。しかし同時に、バーの中にいる他の人の会話まで拾い、すべて文字起こししてしまったのです。その結果、会話しようとしていた聴覚障害のあるお客様にとっては、画面上に大量の文字が流れ込み、かえって追いにくい状態になってしまいました。 

さらに、文字サイズは老眼などの傾向がある年配の方には小さく、私はその場に合わせてアプリの設定をすぐに調整できるほど使い慣れていませんでした。

結局、私たちはバーがもともと用意していた方法に戻り、ホワイトボードを使って、私の仕事や出身地について楽しく会話しました。 

この経験から見えてきたペインポイントは、支援技術を実際の利用環境で、実際のユーザーと共に設計・検証することの重要性です。コミュニケーションのための有用なツールであることは間違いありません。しかし、どれほど優れたツールでも、利用環境によっては想定外の使いにくさが生まれます。だからこそ、実際のユーザー体験を観察し、課題を見つけ、必要な配慮を検討することが不可欠なのです。 

最後に:場所が持つ力 

最後に店長と話す機会があり、Bar Selfのミッションや立ち上げ当初の話を伺うことができました。 

このバーはもともと、聴覚障害のあるパートナーを持つ男性によって始められたそうです。その後、聴覚障害者コミュニティの中で口コミが広がり、バーは人気を集めるようになりました。今では、コミュニティ内の人々だけでなく、聴覚障害者コミュニティについてもっと学びたい人々にも知られる場所になっています。初心者向けの手話レッスンも開催しているそうです。 

そのバーテンダーは、こう話してくれました。 

聴覚障害者のためのこういう場所は本当に少ないので、皆さんいろいろなところから来るんです。

この言葉は、店長が大きなコミュニティの中にある明確なニーズを捉えていたこと、そして東京のような大都市であっても、そのニーズに応える場所がまだ少ないことを示しています。 

同時に、製品やサービスの設計・開発において、当事者視点がいかに重要であるかを改めて感じました。特に、アクセシブルでインクルーシブなデザインにおいては、当事者の存在が非常に大きな意味を持ちます。 

SELFは、決して聴覚障害者専用のバーではありません。実際、そこで行われている工夫の多くは、他のバーでも導入が難しいものではないでしょう。 

しかし、重要なのは、それを目的を持って行っていることです。コアとなるお客様を理解し、その人たちが安心して楽しめるサービスを提供すること。 

その積み重ねによって、SELFは「対応している場所」ではなく、「歓迎されていると感じられる場所」になっているのだと思います。 

デザインの初期段階から当事者の声を取り入れ、反復的に改善していくことで、より広いコミュニティのニーズにも応えられるようになります。障害のある人々を、特別な例外ではなく、同じように重要なユーザーとして捉えること。その視点から生まれるデザインは、結果としてより多くの人にとって使いやすく、魅力的なものになるのです。 


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